自分史-15-

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<我が心は石にあらず>
昭和49年発行の版なので、1974年に読んだのかもしれません。見開きに大学の論文用原稿用紙が一枚、書きかけのままのが挟まれていて、山岸会のチラシが四つ折りで挟まれております。家族の新生活がはじまって4年目、次女が生まれる年、まだ大学二通っていた日々。同期生は卒業していたし、まだ大学に残っていた二人とともに読書会を始めたころだったかも知れません。読書会の研究作家は漱石で、当時は文学の基礎というところでは夏目漱石だったのかもしれません。漱石論がいくつもあって、江藤淳さんの漱石論が目の前にあって、でもそれはなかなか読みこなせなくて、ぼくらの実力の程度を知るだけでした。

我が心は石にあらず、読みやすかったせいか、何度か読み返しました。されどわれらが日々ーも何度も読みましたが、この我が心は一冊は、すでに公務員という身分で働き、家族を養っている自分と境遇が似ている、と思っていたのかも知れません。いつ崩壊していくかわからない自意識に、おそれながらの日々を送っていて、夜な夜な原稿用紙に向かっていたものでした。文学を研究会で語り合い、気持ちが緩んでしまった日々でした。内心、どうしたらいいのか、自立していくには、どうしたらいいのか、家族との日々に戸惑いながら、本を読んでいました。太宰治を読んでいたのは、これらの前で、すでに過去となっていたように思います。

いま、思い出しているんですが、その当時1974年ごろ、小説を書いていた記憶がよみがえってきます。短編でしたが文学賞に応募した記憶があります。コクヨの原稿用紙に万年筆で書いては推敲し、書き直ししていました。でも、次第に書くこと自体が進まなくなります。ニコマートのカメラを買ったのは、その当時ですが、それは写真家になろうとかの目論見は全くなくて、カメラ屋さんに勧められたからです。家族をもったらカメラを持って写真を撮る、これですね、8ミリでマガジンポン、動画はやりませんでした。最近、スキャンして、当時のフィルムをデジタルに変換して、ブログに掲載しているのもあります、もう半世紀まえの出来事です。



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