日々にっき200808

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フィルムで撮った写真のスキャンしたのを見ていたら白虎社の公演記録がでてきました。
1981年か82年頃、もう40年ほど前になりますが、そのなかから一枚。
本番ではなくてリハーサルの写真かと思います。
着衣の写真でないと、ブログではねられてしまいそう、フェースブックが厳しいです。
これを、フェースブックに転送しますが、中川繁夫の写真 あとはここにあります。
懐かしい写真群を、自分のために、ブログにてアルバムにしていこうと思っています。
posted by shigeo at 13:52

日々にっき200806

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8月6日、朝、NHKテレビで、追悼式の中継を見ておりました。
広島原爆投下の日から75年が過ぎたというのです。
平和への誓い、あらためて、世界平和を希求しないといけません。
言葉だけでは小さな紛争はなくならない、まだ、世界は戦争だらけです。
どうしたらいいのか、個人としては、無責任な立場です。
ユニセフに少額だけどカンパをするけど、幼子へのミルク代の一部です。
お盆の日々になってきて、命のこと、あれこれと思うところです。
こんなことで自分を正当化してはいけませんね、と反省はするものの。
快楽ばかりを求めている自分を許しております。
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日々にっき200804

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暑い季節にはおうちごはんといっても出来合いのものを買うことが多いです。
主食となるコメのごはんを炊くより、そば、そうめん、うどん、などを湯がいて冷やす。
夕方にスーパーマーケットへでかけて、割引になったお寿司もよく買います。
外食もします、贅沢三昧してる感じですが、夏バテ防止、気分転換、そのほか
8月は戦争回顧の番組が多くなります、今年は敗戦から75年になります。
悲惨な光景が、テレビの画面に現れてきて、悲しい気持ちになってしまいます。
非戦を思っていますが、世界はキナ臭い出来事が多発しています。
これから先、どうなっていくのか、軍事優先はいけないですね。
posted by shigeo at 11:28

日々にっき200801

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8月になって、青空、ジメジメ感がなくて、窓開けて、クーラーなしです。
早いもんでもう8月、そんなことばかり思っていて、ソワソワな気持ちです。
なにかやらないといけない、という切迫感みたいな気持ちになってきます。
落ち着いて、落ち着いて、と自分に言い聞かせているところです。
なにしてるこっちゃわからへん、これが自分の中での口癖になっています。
このあとZOOMで会話しようといわれていて、いま、連絡待ちです。
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日々にっき200731

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コロナ禍が収まりそうにありませんね。
東京、大阪、京都もですが、感染してる人が、増えています。
今日は7月の月末ですが、気をやんでしまって、例年の夏の気分がしません。
世の中、変化していくと思いますが、元に戻すことはできないですね。
成り行きに、とはいっても、生活破綻が起こったら大変なことです。
庶民の生活が守られることがなにより大切なことだと思います。
新しい時代に向けて、一般庶民が気持ちよく暮らせることが必要ですよ。
お金が稼げないことで、気持ち的に虐げられる、ということがないように。
お金がなくても意義あると思える生活、生き方を、模索しないといけません。
そのための素材を得るために、なにをするのが、求められているのか。
学びの場と実践の場を、創り出していかないといけないと思うのです。
これからの時代の人を、どうするのかを考え実践できる場が、必要ですね。
学校、生産、共有、新しいシステムを構築していく時が来ていると思います。
これまでの経済構造をリセットして、新しい社会構造をつくっていくこと。
具体的なプログラムを、考えていかないといけません。
学校は、そういうところで成果を発揮していくようにしないといけません。
総合文化研究所やむくむく通信社が提案したことを、いまこそ実現するように。
新しい共同体をつくっていくための、学習をしていかないと、いけません、提案です。
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日々にっき200728

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余りにも愚問だとは思うけれど、自分っていったい何なんだ、と問うてしまうのです。
ええ、今年74歳になりまして、いよいよ命が危ない、そういう処にまできています。
自覚しているのは、からだが滅びていくことです。
滅びるという現実を目の前にして、心というものが疼くわけです。
からだにくっついた心というやつが、気にかかるわけです。
まだ意欲がある、まだ気力があり、まだ性欲がある、あるにはあるが、です。
すごい時代になっているなぁ、と思うんです。
Z世代(ぜっとせだい)テレビで見たけど、若い人たち、孫の年代ですね。
現在発信ツールはSNS、そうですね、SNSは反応が手に取るようにわかります。
その相手が、誰だ、ということが、SNSではわかります。
ツイッター、インスタグラム、フェースブック、SNSの三種の神器ですね。
ブログでは、アクセス数だけで、誰だかわからない、SNSはわかる。
自分の居場所を求めているんでしょうね、いつの年代の人間も、これを求めている。
リアルな場所に群がるには、お金がいるけど、バーチャルでは、お金がいらない。
お金がいる、いらない、は大きな問題であって、いまは大半の人が金を生み出せない。
ぼくは年金生活で、かろうじて日々生活の費用は何とかなっています。
でも、それができない世代の人たちは、行き場がないんだろうな。
そんな行き場になる場所を、つくりたいなぁと思って、表現学校の枠組みです。
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日々にっき200709

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清凉寺の阿弥陀堂には仏像が安置されています。
阿弥陀堂の畳のところに座って、正面を見ると写真の光景です。
源の融という人物が住んだ場所という説明があって、光源氏のモデルです。
とおい昔のイメージを想いながら、座っていると、こころが安らぐ気がします。
この光景は昨日7月8日の午後に訪れたときに撮らせてもらった一枚です。
清凉寺の西側に精神科の病院があって、その前を通って、化野のほうへ行きます。
中学の頃に飯盒炊爨といえば、この道をとおって、清滝まで行軍したものです。
病院は友だちがその息子ということで、当時から親しみを持っている精神科病院です。
高校生の頃、診察してもらおうかと、ひとり、真剣に思ったものでした。
引きこもりとか不登校とか、そういうことになっていた自分を思い出します。
高校の国語の教師だった池垣先生は、へんな先生でしたが、同志社の神学部を勧めました。
悩んでいたことを知った先生が、神にすがったらいいのでは、との意味だったのか。
そのころ、池垣先生の家へはよく行っていて、友だちと一緒になんども泊まりました。
いろいろと思い出している最近ですが、もう半世紀以上も以前の出来事です。
まだ、この先、どれだけの時間があるのか、未定だけれど、自分史を手掛けています。
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日々にっき200706

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最近、飛鳥寺へ行きまして、飛鳥大仏さんを撮らせていただきました。
日本最古の仏像だというので興味津々なのですが、写真を撮ってもかまわない。
撮ったらダメ、という大半の仏閣にして、撮影可というのは、とっても嬉しい。
一般に、神秘を壊すから撮るな、ではなくて、禁止の理由がわからんわけです。
まあ、そんなこと言っていても始まらないから、撮れるとこだけ撮らせてもらう。
飛鳥寺は、飛鳥の都があった処で、蘇我入鹿の首塚が飛鳥寺の横にありました。
飛鳥宮跡へも行きましたし飛鳥資料館へも行きました。
昨日、本屋さんへいって新書の棚をみていたら「飛鳥の都」があって買いました。
日本のルーツとして、箸墓古墳あたりから平城京あたりまで、痕跡を辿っています。
ひとりではなく、MONNJIさんに連れていってもらって、学ばせてもらっています。
MONNJIさんといえば、中学高校と吹奏楽の後輩で、現職で音楽が職業です。
ここ四年ほどになりますが、古代史に詳しい彼と一緒に、古代史巡りをしています。
ぼくはカメラをもって、写真を撮っているんですが、まだまとめていません。
部分部分、ネットに載せて、発信しているところですが、作品にはなっていません。
不惑を昔に過ぎているのに、まだまだ人生に、惑い迷いばかりな高齢者です。
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日々にっき200617

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梅雨とはいえ今日の空、初夏の爽やかな青空です。
さきに自分史の記事でつかった写真を見ながら、手元の本の背表紙を見ています。
一方で久しぶりにノーマルな小説を書こうとして、行き詰っています。
いかんなぁ、構想力がない、想像力といっても、イメージだけで中身がない。
エピソードを連ねていくんだけど、そのエピソードがわいてこない。
ちょっとイラつくけど、自然体になるまで、待つしかないかなぁ、とも。
今日載せてる写真は、半夏生って名前の花と葉だと聞いていて、撮ったものです。
写真論も行き詰っていて、どう展開したらいいのか、迷っているところです。
巷の工作物を撮って、変換して、表現論と名付けたシリーズを展開しています。
載せるのは直近に撮った写真を使っていますが、被写体に困ってしまいます。
マンションとか、街路とか、生活感がある被写体で生活感がないように撮る。
ほんと、自分のことは自分ではなかなかわからない、価値軸がわからないですね。
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日々にっき200613

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会話・対話の方法も、コロナ以後、ネットワークの中でおこなう試みがなされています。
ZOOMとかSkypeとか、テレビ電話という言い方は古いと思うけど、グループで遠隔でおこなう。
もちろん、否定するものでは全くなくて、おおいに推奨していけばいいと思っています。
通信技術の進歩だし、対面でないといけない、ということは全くなくて、バーチャルな時代です。
ぼく自身のことでいえば、あまりその通信方法の中に漬かりたくないなぁ、との思いです。
リアルに会って、会話・対話をする、というのが、基本だと思っているからです。
リアルとバーチャルの世界があると思うんですが、いまや仮想現実、バーチャルが優位のような。
リアルとバーチャルのせめぎあいなんて思っていなくて、二つの世界の融合の時代になっている。
ますます融合していって、個人の存在そのものの意味が変わってくるようにも思えます。
食って身体を維持する、結合して子孫を残す、リアルなところでは、このことが必要です。
バーチャルで、仮想空間で、セックス気分は味わえても、腹を満たすわけにはいきません。
もちろん食も摂取の方法が変わるかも知れないけれど、食の摂取を無くすわけにはいかない。
あらためて、リアルとバーチャルの世界を、どのように融合させて、境界面を意識するか。
かってバーチャルな世界は、今ほどにリアルな目に見えるようには現れていませんでした。
20年ほど前のたまごっちあたりから、個人がバーチャルな世界にはまってしまうようになった。
それからゲームがあり、いまやSNSの世界も、バーチャルの世界そのものになってきています。
ぼくなんかは人生の七割くらいはリアルな世界に生きていて、あとが混在の世界です。
年代が下がるとともに、バーチャルな世界の割合が多くなっているのではないかと思います。
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日々にっき200611

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自分史で、かって読んだ本を選んで、それにまつわる記憶を辿って自分を検証してみました。
硬い本が並んだ感じで、自分の硬派な過去を振り返ったところです。
でも、それらから半世紀がたって、言語の環境も大きく変わっていて、いまや軟派です。
軟派ってゆうと男ならガールハント、女ならボーイハント、女漁り、男漁り、です。
昔も今も、男女のことは、おおきな関心事です。
週刊誌に芸能人の不倫記事が載り、テレビの芸能ニュースで、こってりと話題にします。
自分としては、そのことを扱うメディアが、けしからん、なんて全く思っていません。
ただ、もう少し政治や経済のゴシップばかりでない、本質を解くような記事を求む、です。
自分の持つ時間の大半も、男と女のことであり、自分は男だから、女のことを思う、です。
ネットの中でも、関心事に向けて、奥深くへ潜入していって、欲望を満たします。
フランス文庫とか幻冬舎アウトロー文庫とか、河出書房新社のシリーズとか、読みました。
かなり精力的に読んで、日本語の状況を把握して文章、フィクションを組み立てています。
ネットの内部で、膨大な量のセックス動画や静止画があるわけで、本の時代じゃない。
画像も映像も、どんどん進化して明確になって、かってあった映画の比にもならない。
そういう時代に、なにができるか、そういう話しができる場がほしいと思っています。
posted by shigeo at 10:54

日々にっき200509

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ゴールデンウイークが終わっても、いまだコロナへの自粛が解けません。
芳美さんからマスクを送ってもらいました、送るは贈る、贈りものです。
感謝の気持ちをお返ししなくちゃ、ほんとに優しい心の人だなぁ、と思う。
でも、いつまで続くのか、外出自粛、こころな萎えてきますね。
会いたい人に会えなくて、フォトクラブ京都の例会も休会です。
写真を撮って、作品にしていく、あんがいイージーにとらえています。
文章を書く、いまやっているようなことですが、けっこうめんどくさい。
小説を書いているけど、これはこれで、切羽詰まってきますね。
気分が詰まってくるというか、そういうときには気分転換しなくちゃ。
はだかの写真を漁ってきてはダウンロードして、アルバムにする。
生きているってことは、生々しいし、瑞々しい、いつまでも、です。
年取ってからだは萎えてきますが、気分はますます生々しい、瑞々しい。
でも、いつまでも、続けていられないなぁ、と思うところ、どこで終わるか。
生きてるってことは、恥の上塗りですかね、万葉集の時代も瑞々しいですね。
今も昔も、生きるってことは、瑞々しい、死ぬまで、瑞々しい、でありたい。
posted by shigeo at 17:33

日々にっき200502

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外出自粛で、まるでゴーストタウン、お金が回っていないので、困りますね。
社会はお金で動いているから、これが詰まってしまうと、生活が崩壊します。
ボランティアとか善意とか、すでに行き詰った社会のアイデアでしのいでる。
でも、どこかで、今ある資本経済の組み換えをしないと、いけませんね。
ただ新しい時代へのリーダーがいないから、世界は混乱に陥るでしょうね。
専制君主から資本制へ、社会主義が生成して崩壊して、資本制が残った。
そういうことですよね、資本主義が進行していて、金が一極に集中する。
これをどこで崩壊させるのか、自然に崩壊が進んでいくから、阻止する。
阻止する勢力が保守ですから、世界が混沌としてきます、破産だから。
なんて流暢なこと言っていますが、世界の構図が、地図が、変わるんです。
世界をリードしてきたアメリカが後退し、日本が後退に追随します。
ユーローの連帯が英国が抜けて、崩壊していく兆しです。
アジアでは中国が台頭してきて、覇権を握っていく気配です。
世界はいつも流動化しているんです、昔も今も、組み変わってきます。
ただ個人が人間として尊重されるなら、変動をみとめていけばよろしい。
posted by shigeo at 14:41

日々にっき200426

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生きてることは辛いことかもしれないけれど、死んだらおしまい。
こんなフレーズがぼくの頭の中に浮かんできては消えていきます。
もう近いところで亡くなるひとがいるから、ついつい意識してしまう。
日々綱渡りしてる感じで、朝目が覚めて、一日過ごして、翌朝を迎える。
生きてる歓びなんて、そんなに感じなくて、どうしようかとばかり、悩みます。
作家しようと思って、自称作家しています、写真作家とフィクション作家です。こんなことしていても、死んだらそれまで、でもやる気持ちばかりです。
写真もネットからダウンロードして、加工して、フィクションにします。
フィクションのところはペンネームというか匿名なので、好き放題です。
でも、タブーに踏み込むことはできなくて、アダルトで公認の範囲です。
今日は久しぶりにベートーベンのシンフォニーを流しています。
第九が二回、演奏されて、まあ、聴いているところです。
いま、終わります、終わって、静寂、拍手まで入っています。
こうして、あと、どれだけ、生きるんやろか、と思うのです。
どんどんと世の中の流れから離れている感じで、虚しい気持ちですけれど。
posted by shigeo at 17:19

日々にっき200421

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コロナウイルスに汚染された世界に、カミユのペストを思い出します。
ペストが蔓延した都市が封鎖されるという内容の小説ですが、その本がない。
異邦人で有名なフランスの作家、実存主義の小説家ですが、フアンでした。
サルトルとカミュ、大学に入ったころ、ぼくはフランス文学から入った輩です。
カミュ著作集3一冊が手元に残っていて、裏と表・追放、というタイトルです。
それにしてもコロナウイルスがこれほどに世間を騒がすとは思わなかった。
医療崩壊といっているし、経済崩壊という筋書きも見えてきた気がします。
大戦終結直後の混乱を想起している人もいるみたいで、ダメージ大きい。
世界が変わる、世界の構造が変わる、日本の立場も変わる、ですね。
生活者が生産に携わり、生活ができていく社会になれば、いいなぁ。
手元にあった書籍類を整理して、まだ少し残っていて、どうしようか。
全巻揃いでない絵画の全集もんがあるけど、ごみ袋にいれて数冊捨てました。
新聞回収の人に持っていってもらったら、というけど、気乗りしない。
回収の人に持って行ってもらったことが何度かありますが、本が惨めです。
ごみとして捨てる方が惨めかもしれないけれど、これは燃やされるから安心。
posted by shigeo at 09:53

日々にっき200418

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今年2020年の桜の季節が終わっていって、ごくごく普通の日々に戻ります。
とは思えなくて、新型コロナウイルスの流行で、世の中滅亡する感じです。
戦い敗れて山河あり、でしたか、まあ、こんな心境でもあるところですが。
世の中、新しい枠組みとなっても、ぼくの生活は、こんなもんだと、思います。
好きなこと言って、好きに生きて、悔いなく終わっていけたら、いいなぁ。
嫁脅しの面ってのがありましたね、蓮如が使って、嫁を脅したとか。
この場合の嫁は、若い女のことだと想像しますが、年老いて妊娠させたとか。
蓮如さんの時代から600年、今はネット全盛の時代になって、まだまだ深化する。
最近の若いもんはエロに興味ないのかなぁ、なんて御大が言ってたんですが。
エロ雑誌が売れないからの話しだけど、2000年代にはいってネットの時代です。
ネットの向こうには1980年代以上に、エロスの領域がひろがっている感じです。
エロ雑誌なんて、書店で買うわけだし、対面だし、ネット販売もあるけど。
いまや、ネットからダウンロードの時代だし、怖いといえば怖い時代です。
でも、時代認識としては、ここから認識しないと、世界に出ていけないですね。
posted by shigeo at 11:19

日々にっき200414

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これまで自分史を書くブログでしたが、日々にっき、としました。
気になっていた自分について、書き方がわからなくなってきたからです。
自分で自分のことを書く、ということは自分を見つめることです。
自分の内部でのサイクルを表出すること、これ現代表現だと思うのです。
昭和のはじめごろに私小説というジャンルがあって、自分のことを書いた。
そういう私小説の表記とはと違う現代の私探求の表記法を、と思っています。
人の内面、ぐじゅぐじゅした肉体の疼きを、表現してみたいと思っています。
いつのまにかタブーとなってしまった性の描写、その描写からみえる人の内面。
なぜ、人は性の描写を好むのか、これは動物本能としか言いようがない。
で、この本能に根ざすところを表現の原点として、表現の復権を試みます。
日本文学だって、源氏物語からはじまって、つまるところ色恋の世界です。
現代だって、その流れの中で、異端となったジャンルを復権させる、これです。
posted by shigeo at 09:32