テーマ:日記

おはようございます!

中学のとき、清滝で飯盒炊爨(はんごうすいさん)いくときに知った落柿舎。向井去来、松尾芭蕉の門下生ですかね、この去来というひとが棲んでいた庵。昨日、嵐山からここまで足を延ばして、スマホでワンカット、いただきました。昔、ここが目印で、ここから鳥居本、清滝まで歩いて、河原で飯盒炊爨。吹奏楽部のメンバーで、グループになって、すき焼きをしまし…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

徒然にっき181204

フェースブックの過去の記事で、思い出させてくれる記事がでてきます。 三年前には、表現大学に関係してた、二年前には関係を解いた。 そこから紆余曲折、今年に入ってフォトハウス表現塾を実現させた。 理想とする構造を描くのは、自分なりに、これまでにも描いてきました。 それらの総合として、大きな枠組みを関係づけて、できることからす…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々20160930

なにかしら恥ずかしいことをしているような気持ちになります。 おとといの写真講座で図書館での仕事がおわりました。 昨日は、陶芸教室へ、久しぶりに行かせてもらいました。 かれこれ10年、それほど上達してないけど、器はたくさん。 今日は朝から、静かな気分でしたが、いま、乱れています。 音楽はピアノ三重奏曲「大公」とでています…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々160926

これまで写真で培ってきた関係がすべて終わったということだ。 図書館も、写真学校も、ぼく自身としてはここで終わりということだ。 新たな関係を求めて、つぎを模索していかないといけない、と思う。 淋しいと言えば淋しい気持ちが込み上がってきます。 空しいと言えば空しい気持ちになってきます。 いったん全てを終える、失う気持ちです…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々190619

心の中で区切りをつけ、電話でその旨を伝えて、清々しました。 終わって始まる、つまり詰まってきて、終わって始まる。 もう気持ちの後戻りはないと思う。 理事を辞めてもいい、むしろ辞めて清々したい。 過去を一掃する、粛正される、自分で粛正する。 とやかくはいわない、今月で終わりにしようと思う。 1992年からか、図書館…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々160909

ここでは本音でこころの内を書き記しておくのがいいのかも知れない。 先週から今週にかけて、身の振り方が大きく変わってきたと思ってる。 図書館、表現大学からの、身の引き方、ということです。 そこでの講師として認められないのは辛い気持ちがまずある。 自分では自負があり、写真表現についての新しい見解もある。 それに基づいて、そ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々160902

そんなに親しかったわけではなかったがご近所のご婦人の訃報があった。 町内からの案内ですが今夜が通夜、明日が葬儀、という段取りらしい。 と思っていたら幸福の科学という小冊子が、今朝、ポストに入っていた。 町内の回覧では、運動会の食券販売の予約表が回覧されている。 そのうち、ものみの塔を配布されているおばあさんが、来るだろう…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々160819

このまえ、水上勉の京都を歩く、という本を買ったんです。 今日、クーラーの効く場所で、この本をざっくりと読みました。 水上文学といえばいいのか、小説の舞台が京都、遊郭、花街。 女を描き男を描き、時代は昭和半ば以前の、つまり水上の体験談。 身につまされること多々あります、舞台といい、内容といい。 ちょうどぼくの父の世代です…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々160814

慌ただしく日々が過ぎていく感じがして、今日は8月14日です。 お盆の真っ最中、今日は町内の地蔵盆、明日までです。 昨日は昨日で墓参り、今日はぼくの家の墓に行ってお掃除。 祭礼は17日に行なうと通知が来ていて、出かけるつもりです。 法華宗の本法寺、尊陽院に属しているところです。 本阿弥気の墓があり、長谷川等伯ゆかりの寺、とい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々160801

先週、谷崎潤一郎記念館へ赴きました。 待望の、というか、漸く、というか、念願の、です。 特に谷崎のフアンということでもないのですが、気になる。 谷崎の全集を予約で買ったのが50年ほど前です。 生誕130年、没後50年という節目の年だといいます。 念願の記念館へ行って、見学して、谷崎の机を写真にした。 谷崎の文学には、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々160721

先に記憶の記録と題した文を書いていたんですが、これはそれのあとです。 今日は写真の夜間コースがあって、出発までの時間がいまです。 あとに予定があると、気持ちが落ち着かなくて、浮ついてしまいます。 ストック画像から選び出したのは、高橋の「憂鬱なる党派」単行本です。 もう、遠い記憶のさなかから、浮かび上がってくる自分へのイメ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々160713

もう半世紀も前になってしまいますが、自分の二十歳のころです。 言語にとって美とは何か、という問いかけをした吉本隆明氏の著作です。 最近になって、ぼくには、新たな問題として、美とは何か、との問いが浮上。 言語にとって、写真にとって、芸術という概念のなかでの<美>とは何か。 なかなか、簡単そうで複雑な内容の概念というか、捉え…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々160630

六月の末は夏越しの神事がおこなわれるという話題です。 茅の輪をくぐってお祓い、無病息災を祈願する、ということらしい。 それから水無月を食べる。 米粉のだんごみたいなうえに甘い小豆がしいてある三角の餅? これは雪に見立ててある食べ物、当時貴族は保存していた雪を食べた。 貴族ではない庶民は、雪に見立てて、水無月を食べた、と…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々160627

梅雨の晴れ間というか、青空、空気がすがすがしい感じがします。 気持ちがいい、からだが抜けていくような、素直な快感を味わう。 パソコンのやりすぎでしょう、目が重い、かすむ、頭がもやっとする。 水上勉さんが表された文庫本の「土を食う日々」を取りだしてみた。 山野草などを採りに行って料理する、という内容の本です。 もう10年…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々160621

朝から自分の立ち位置がわからない感覚になっているようなのです。 なにから手をつけたらいいのか、呆然と立ち尽くす、といった感です。 「言語にとって美とはなにか」という本を取りだし開けてみる。 自然主義と浪漫主義の意味、なんていう節があって拾い読みする。 1965年、昭和40年発行、吉本隆明の名著、読み込めてい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々160610

先だってから気になっていた作家と本と著者のこと。 朝から書棚の奥をさがして見つけた本が「湖の伝説」。 著者は梅原猛さんというか先生というか、梅原猛先生。 1977年1月の刊行で、達栄作さんから妻宛に頂いた本です。 日本画家三橋節子さんがガン、子供を残し35才でなくなられた。 その三橋節子さんの、伝記というか壮絶な生への闘い…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日々160608

写真とは関係ないですが日曜日から火曜日まで金沢行きでした。 金沢へ行くようになって、かれこれ20年以上が過ぎました。 もう、まるで、自分の生活空間の一部となっている感じです。 最近は、行きに一日、帰りに一日、中一日が金沢在住です。 自家用車で移動するのですが、最近は目が疲れるんです。 日常的にパソコン、カメラ、などなど目神…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

つれづれに160527

最近、自分の過去を記述して残していこうと、記憶の記録を始めました。 その一環でコピーしたイメージのがこれ、わだつみ像が倒された残骸写真。 いまこのわだつみ像は平和ミュージアムに保存展示されていたと思います。 何年か前に、平和ミュージアムで再会しました。 ぼくにとってわだつみ像が、特別に思い入れある像というのではありません…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

つれづれに160523

書棚に収めてある本の背表紙を眺めていて、共同幻想論、を手にした。 もう色褪せ、茶色になった背表紙、書棚から取り出し、なかを開いてみる。 記憶がよみがえってきますあたかもいま、チャイコのピアノ協奏曲が流れてる。 1968年12月5日初版発行となっていて、手元にあるのは初版です。 その年の春、ぼくは三年遅れで大学生になって、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

つれづれに160519

写真という道具に関わりだしてかれこれ40年になるかと思う。 1975年かな、大学を卒業して学費の代わりにカメラを買った。 その当時は、まだ文学に未練があった。 もう二十歳になっていたかも知れぬ、小説を書きたいと思っていた。 ペンと原稿用紙、夜な夜な、それに向かって書いていた。 反鎮魂という同人雑誌は大学の友、甲斐君がリ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

つれづれに160514

最近、直近、70歳の誕生日を迎えて、越えて、いま、何してるのか。 内面の動きは、あるイメージを追っていて、感情が伴い、感情がついてくる。 あるイメージは、次から次へと移りかわっていきます。 いまなら、この記事を書くために集中していて、何を書こうかと迷っている。 最近は、最初に写真ありきで、それに伴えて文章を書くようにして…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

つれづれに160504

五月の空、今日は青空、いいお天気です。 五月の連休中ですが、今日は図書館にきています。 このブログは、けっこう文章を多くしています。 でも、時と場合によっては、短めでいきたいと思います。 文章の目的がはっきりしなくて、何してることか、わからなくなる。 わけのわかったようなわからないような、そんな感じですから。 ちょっ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

つれづれに-5-

新年、あけましておめでとうございます。 という挨拶を、誰にするというのか、あまり挨拶しませんね。 ここら辺、ブログの書き出しに使ったり、慣用語ですね。 ハイドンの交響曲をかけ出しました、珍しいでしょ? いつもはベートーベンの交響曲が多いけど、たまに違うの聴きます。 チャイコフスキーの交響曲を少し聴いて、ハイドンへやってきた…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

つれづれに-2-

パソコン環境を新しくしています。 もう5年前に入れたパソコンを最新にするためです。 それからアイフォンを購入して使っています。 なんだか、道具類を最新にするだけで、自分が変わる。 iPhoneを掌にして電車のなかで写真を撮って、SNSにアップ。 そのライブ感に、新しい時代を感じます。 ちょうどいい機会でした。 アル…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日記-4-

第八番は悲愴、いま、演奏が始まりました。 ベートーベンのピアノ曲、やっぱりここに戻ります。 テンポの速い曲ですね、狂ったような感じがします。 悲愴な気持ちって、こんなに激しいものなのでしょうか。 観音さまを遠くから眺めている自分がいます。 こころ苦しくなって、もう泣いてしまいそうな気持ちです。 でも、これは観音さまが…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日記-3-

アイフォンを持って散歩に出て写真を撮る。 けっきょく、京都シリーズの反復みたいになった。 平野神社へ到着して、境内にはいり、写真を撮った。 ストレート写真ではなくて、色変換などその場で施しアップだ。 Instagram、Flickr、それにPicasaと三つのアルバムがあります。 同時に、Twitter、Faceb…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日記-2-

気持が、ようやく落ち着いてきた気がします。 ここ数週間の落ち込みはなんだったんだろう、と思うくらい。 ベートーベンの運命第二楽章が聴こえています。 淡々と、淡々と、時間がながれて、イメージがちらつきます。 今日は雨、午後には上がるみたいだから、外出は午後だ。 お金を出しに行って、ガソリン入れて、灯油を買って、冬準備。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日記-1-

ただ淡々と生きていくにはどうしたらいいか、なんて言葉が、突然起こってきて、ここに記したわけですが、残された年月を、そのように生きたいと言葉の上でが書いてみても、本心は、決してそうではなくて、もっと世の中とリンクしたいと思うわけです。 食欲が旺盛、とはいってもひところの食べ方からみれば、かなり小食になってきています。とはいっ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

リニューアル

何年間かかけて貯めた記事を削除しました。 あらためてリニューアル、ぼちぼち作りあげていきます。 よろしくお願いします。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more