なにしてるんやろなぁ、時空を超えて、夢の中を駆け巡ります。
自分のなかの、名付けられていない部分が、闇の中にあって、そこが疼くのです。
散歩にいこうかと思ったけれど、見合わせた、もう外出控えて四日目になる。
今日はチャイコフスキーの音楽を聴いています。
いま胡桃割り人形が流れて来ています。
なにしてるんや、と神の声としておきましょう、聞こえてきます。
お叱りの声でもなく、なにか示唆する声でもなく、ただじっとしている。
目に見えた目の前の風景を写真に撮って、目の前に現わしてみます。
撮った時と場所を明確にし、その場所の歴史の意味を、探る、ということをします。
でも、ぼくは、もう、そういう写真の提示をしません。
言葉を文字にして表記して、意味を繋げる作業をします。
でも、説明する文章にはしたくないと思っていて、浮遊するイメージを醸しだしたい。
いまさら、表現する、ということをこんな風にとらえてみても、どうしようもない。
でも、なんだかんだと言いながら、言葉をイージーにとらえすぎていたのではないか。
読んだ相手が、ふわ~っとイメージしてもらえる、そういう文章表現ができないか。