自分史-22-

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<好色一代男>
芭蕉さんと対比するわけじゃないけれど、井原西鶴ってゆう御方は、さまざまにぼくの文学観を導いてもらった一方の御方だと思っています。ぼくのなかにも、硬派と軟派が混在していて、表向きは還暦のあたりまで、ずっと硬派で通してきた、と思っています。でも、時代の流れのなかで、生きることの複雑さというか、テーマの多様さというか、性領域を扱わないと世界の全体が見えないようにも思えてきたわけです。それとは別に、井原西鶴の文学のやり方というか、矢数俳諧っていうように、一晩に大変な数の川柳を詠んだとか、好色一代男は好色ものだけど、源氏物語を意識して書いてるよなぁ、とかの話を聞いていて、とてもやない西鶴の文章を読みこなすほどには知能がないから、表面を眺めているだけです。

文学史を学びだした1960年代、文学といえば近代文学であり現代文学でした。近松や西鶴や芭蕉といった文学は近世文学というんですね。漱石のことを語った評論を読んでいるとき、吾輩から坊ちゃんに至るあたりは江戸趣味の世界だったが、近代文学、漱石の場合だと英文学の影響で近代文学の文脈を得る、という文学の構造をつくってきた作家。江戸戯作文学、あるいは明治期の風俗小説は、近代文学よりも劣るというような価値観でとらえていた自分があったのは事実です。ぼくの立場は、私小説否定派で、戦後文学の全体小説の枠組みこそ文学、フィクションだ、なんて思っていて、それを背景とした文章、フィクションをめざしていた、と言えます。実際には、モノにならなかった自分がいるわけで、あんまり大きなことは言えない立場ですけど。
(続く)


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