自分史-21-

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<芭蕉文集>
岩波の日本古典文学体系で持っているのはこの本一冊だけです。大学生になって、文学を勉強する意欲に満ちていて、近代文学しか興味がなかったし、明治期から昭和40年代までの、近現代文学を読んでいたんですが、やっぱり古典も読まなくっちゃ、なんて思って、この松尾芭蕉の文学をと思ったのでした。侘び寂びというイメージの世界ですが、静謐なイメージで、茶道のイメージで、たぶんこれが日本精神の底流であろうかみたいな意識がありました。この意識が何処から生じてきたかは、明確にはわからないですが、高校のときの先生、万葉集の伊藤先生、源氏物語の小原先生、近代文学史の池垣先生、この先生からの話しで、なんとなく色艶ではなくて詫び寂びイメージを抱いてしまったのだったと思います。

京都の嵯峨に落柿舎があって、そこは俳人向井去来の庵で、その当時、何度も落柿舎を訪ね、去来の墓を見て、俳句に親しもうと意識したけれど、そうはなりませんでした。美意識ということでいえば、ぼくの意識は枯山水の庭の美、茶道の洗練された美、なんでしょうか武士の美意識でしょうか日本刀の静謐な美、美徳、くぐもった押さえつけるような抑圧的な意識としての美。俳人の意識はどんなもんだったかわかりませんが、10代の自分には、京都に生まれて京都に育った自分イメージとしての美があったと思えます。鴨長明や兼好法師を少し読み、俳句を読み、現代詩を書いた美意識です。自分の著作で出版ということであれば、たわいない話ですが「そなちね」詩集を、自作自演で発行したのが高校二年生の秋でした。

いつのころからか美の系譜を自分なりに立ててきます。表現の根底は「美」の意識だと考えています、近年では自分が生まれ育った環境にあった美意識とは、みたいな発想で、美の表現物をとらえだしていて、紫式部が描く源氏物語の男と女、井原西鶴の好色一代男の男と女、西陣織が織りなす美意識、思ってみると色艶、江戸時代には浮世絵、美人画、春画、それに人間の欲求としての性関係に至ります。年老いて身体老化してくるに反比例して美の精緻は、性の興奮するイメージとしてとらえています。日本の美意識の流れには、侘び寂びだけではなくて、色艶がそれ以上の領域を覆っているように思えているところです。



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