自分史-16-

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<廃市・告別>
福永武彦さんの全集のなかの一冊です。昭和49年4月23日購入の日付を入れている記念の一冊です。この本の発行日は4月20日、立命館の生協の書店で買ったもの、記憶がよみがえってきます。福永武彦さんの小説は、やっぱり冴えた美しさイメージで、多くは読んでいませんが、好きな作家でした。この日は次女の誕生の知らせを受けた日の帰りに買ったようです。見開きに記念の日付とメッセージを書いています。父28歳と書いています、まだ大学生の身分で、郵政省の事務員、郵便局の貯金窓口職員でした。小説を書きたい、書かなくては、と思う日々でしたが、もう書けなかった日々でした。カメラを買った、最初のモノクロ写真は、この次女がお座りしている写真ですから、昭和50年、1975年だろうと推定します。

立命館の学舎は府立医大前の広小路、京都御所に近い場所で、本館が研心館、正門から左にわだつみ像があって、そこが間口が広い入口でした。小学生の3年か4年の頃、母がここの地下の理髪店で仕事をしていたので、休みの日には、連れられていって、この界隈で遊んでいました。書店はその理髪店の斜め向かいだったと記憶しています。衣類を売る店があり、喫茶店があり学生食堂がありました。現在、衣笠に学舎が移っていますが、研心館とか清心館の校舎がありますね。衣笠には末川先生の記念館があり、中川会館もありますね。もう半世紀前のことですが、こうして書いていると、次から次へと記憶がよみがえってきます。

福永武彦さんの全集から一冊を記念に買って、2020年のいまも書棚に残されている一冊です。1979年8月に、ぼくは釜ヶ崎の三角公園で写真展を実行したのですが、このとき朝日新聞の記者さんが記事にしてくれて、12段ぶち抜き記事で夕刊社会面に紹介されたのです。その同じ紙面、ぼくの記事の横に、たぶん四段記事だったかと思うのですが、作家福永武彦さんの死亡記事が載りました。この話は、今の今まで秘めておりましたが、ぼくのデビューと作家の死がクロスしたと思っています。インディペンデントな写真活動を始めていく最初ですが、既存の写真グループは冷淡でした。

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