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zoom RSS テーマ「徒然にっき」のブログ記事

みんなの「徒然にっき」ブログ


徒然にっき-20-

2017/06/20 09:36
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ここのブログもけっこう長いこと利用しています。
タイトルの「徒然にっき」は、兼好さんの「徒然草」をもじったもの。
その徒然草が起草されたのは双ヶ岡の山裾の草庵でした。
その場所は、いま小さなお寺になっていたと思うが、歴史を感じます。
掲載した写真は、先日、双ヶ岡に登って撮ったうちの一枚です。
自分の存在、意識のありよう、自分の価値観を構成しているもの。
それらに興味を持って、自分の全体を把握したいと思うのです。

崩れ落ちた感覚のなかに残ったものは、国破れて山河あり、ですね。
二年前、いやはや五年前、十五年前、ずんずんと過去に戻っていきます。
それらに、一応の終止符を打たれた感じで、なにが残るのか。
双ヶ岡が特別な記憶の場所ではないけれど、記憶に残る場所。
過去の光景を求めて、過去の成功体験を求めて、自分を救済する。
もう七十年も生きた、その痕跡を辿るわけですが、この先がないから。
同窓会の幹事をしていますが、まわりで健康を害したひと、死んだ人。

なんだか、年を取るということは、淋しいことが多すぎる気がします。
なによりも、この先が不安、というのが大きいですかね。
それなりに、以前のような立ち回りができなくなっている。
出来なくなっている自覚を、知りたくない、退けたい、そう思ってしまう。
身体が老化することと反比例して空想がひろがり、現実感覚が喪失する。
自分のなかでぐるぐると妄想がひろがり、現実と間違うというのが現実。
なんだか、世間に申し訳ない、失礼ばかりしている、そんな感覚です。


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徒然にっき-19-

2017/06/04 07:34
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かって白虎社で踊り子をしていた今さんが舞踏館で踊られている。
昨年、京都の烏丸三条あたりにオープンした旧家の土蔵が舞台とか。
その情報は知っていたけれど、公演を見る勇気がなかった。
ぼくは1980年から白虎社を取材していて、写真を35年間封印していた。
一昨年あたりから、フィルムスキャンしてアルバムやブログにのせています。
そのメンバーだった今さんが舞踏を続けていらっしゃるのです。
昨日は、その写真展のトークイベントに出席させていただいた。

ほぼ若い人、女性が多い、たちが集まって話を聞いていらした。
セイリー育緒写真展、ギャラリーMainで開催されていて、そのトークです。
ギャラリーは社交場、人と人が交流する場です。
もちろんそこにある展示物を鑑賞することが前提となります。
ぼくは、おもはゆい気持ちになります、恥ずかしさもあります。
アウトサイドな、体制外的な場所で取材してきた身としては、美しすぎる。
ギャラリーという社交場は、やっぱり、眩しくって、気恥ずかしくていけない。

この2年間、大きなうねりのなかで進めてきた企画について、終息宣言です。
昨日、そのことを表明したところで、侘しさと虚しさですが、これでよいと結論。
すべてが終わっていきます、引き際というのがあるから、それが今ということ。
フォトハウスの名称を残し、自分表出を行うことで、つないでいきます。
何を撮ってきたのか、何をしてきたのか、そう思うと、検証がひつようかもなぁ。
意識以上に老人の域だから、それらしく振る舞わないといけないのでしょうね。
反省も込めて、自分のことを考えて、進んでいこうとおもうところです。

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徒然にっき-18-

2017/05/24 09:31
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今日はこの前文字さんと一緒に行った耳成山口神社の写真を使いました。
昨年からの宿題といえばいいのか、大和三山巡りの二番目です。
どうしてだか、写真の被写体に、旅気分で出かけた場所を撮ってみます。
それほどインパクトある写真でもないが、思い入れがでる写真ですね。
なにしてることか、自分で自分の行為を、理屈づけできないでいます。
理屈づけできないのは、写真を撮ることだけじゃなくて、ほかにも及びます。
パソコンに向かって、文章書いたりするけど、なんでするんやろ、と。

このブログは、文章を主体にして記録しているブログです。
でも、ひと頃のような、論理じみた文章にならない、支離滅裂な感がします。
なにしてるこっちゃ、なにしてるん、なんでぇ、こんなことしてるん。
わけもなく、わからないことだらけで、どうしたものかと、憂鬱になります。
学びの枠組みを提案して、それを実現させるとしても、その意味が掴めない。
いや、本当は理屈ずけることは、結構やってるのに、それが虚しくなるのです。
朝から、もたもた、パソコンをメンテナンス中だけど、よくわからない。

過去の栄光にすがるなんて、とってもばかげたことだと思うんです。
いま、なにを、しているのか、これが重要なポイントで、現役でないと意味ない。
じゃあ、いま、なにをしているjのかと自問して、恥ずかしいことばかりしてる。
プライベートなこと、性癖というか、生理的なことだけど、老体をどう認知するか。
頭も、肉体も、衰えてきているのに、妄想は衰えていかないようです。
壮年から老年へ、からだの変化といえばいいのか、そうかも知れない。
感覚が変わってくる、頭の中で、見えるモノが変わってくる、これは変化です。


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徒然にっき-17-

2017/05/06 15:13
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写真の先輩大八木さんと撮影会した天神さんの縁日記念を張っておきます。
ぼくがカメラを持って写真を始めた最初のころに所属した光影会にいらした人。
もう八年も前だが、DOTで再会、それから光影会の例会と撮影会にいく。
光影会は京都シュピーゲルという名称が変更になった写真倶楽部でした。
いま思うと関西写真史のメインストリートではあった、血統書付です。
当時からの生き残りの先輩といえば、いまや現役では、大八木さんです。
1977年、ぼくは、光影会と全日写連と関西二科会の三組織の会員でした。

今年の初めに、この光影会が実質上解散しました。
それはそれでよかったと思いますが、ぼくの中では継承しています。
ちょうどその後になって4月「表GEN研究会ph」という名称になったグループ。
関西の写真の歴史の血筋を引いた集団として、ぼくは認知しています。
岩宮武二氏、棚橋紫水氏、木村勝正氏、達栄作さんらは先輩になります。
ぼくが1970年代の中盤に、写真を学んだ器の出発点がここにあります。
その後、反発して釜ヶ崎へ行く後に、インディペンデント系と出会います。

1980年代からはじまった関西の写真シーンにコミットしてきて35年以上になる。
伝統的写真倶楽部の系譜を引き受け、新しい潮流を創ったメンバーとして。
フォトハウスを継続し、写真図書館、表大、IMI、京都写真学校のメンバー。
いま、それらの統合を、ぼくは新たな企画で、新しい潮流をつくります。
総合文化研究所、むくむく通信社、それを支える考え方に基づいていきます。
新たな企画は、それらの組み合わせということになるかと思います。
新しい場つくりは、カフェ&プレス構想をアレンジでいいいのではないか、と。

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徒然にっき-16-

2017/04/24 08:27
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いま実名を使っているブログの数が20個ほどあるなかで、ここがメインだと思っています。でも、ここでは文章を、三段と決めていて、これがけっこう億劫になっています。作成するのに時間がかかる、ということもあるけれど、何を書こうかと迷うからです。写真だけのブログがけっこうあって、そこへも最近はアップできていないです。
欲を出しすぎているのだと思うが、これらは広報のために作り置いてあるブログです。
今月に入って「表GEN研究会ph」という会を立ち上げました。これへの会員募集を、写真学校のときの広報手段を使って、やりだしています。

なんだかんだといっても、お金を使わないで広報しようというのだから、これしかない。ブログを駆使して、ぼくの考え、思い、などを順次まとめていく作業をしている。自分のための、といえばその傾向があって、自分の資料として構築しているんだな、と。けっきょく、ひとりよがり、自己中っていうんですね、自己中心でしかなくて、成果があがらない。いっぽうで、実名をださずにペンネームで書いているブログもあるわけで、これがメインかも。小説を書いていきたいと思って、自己中な小説を書いていて、全体妄想のなかにいる。総合文化研究からはじまって、エロス試行まで、幅をひろげてしまって、収拾がつかない。

いつも、何してるこっちゃ、と懐疑心にさいなまれていて、正常じゃない意識だと思う。この正常じゃないと思うところに、実は正統派思想家の源流みたいなのがあるんかも。阿部公房の「燃えつきた地図」を書架から取り出して、奥付をみたら1967年発行です。今回のプロジェクト名付け親の白川さんとの会話で出てきた本です。今更ながら、燃えつきた地図、いまのぼくには、何度も燃やしてしまったあとの地図。新たな地図を描き始めた、と思いたい、ああ、もう、最後の地図作成だな、と思います。今日使った写真は、21日にメンバーの三人展を見に行ったときのスナップです。



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徒然にっき-15-

2017/04/01 17:39
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今日は4月1日、エイプリルフールといっても嘘が書けない。
嘘が書けないという嘘をついて、本当を装っている気がします。
もう年をここまで取ってしまうと、本当と嘘が区別できないと思ってしまう。
まあ、だいたい、嘘ばっかりというのが世の中みたいな気がします。
嘘で塗り絡めて張りぼてにして、あたかも本当のようにふるまう。
哀しいけれど、そんな人をたくさん見てしまいます。
じゃあ、自分はどうだと問われて、自分は違うなんて言えない。

人間って、自分を正当化しようと思うんですね。
まんざら嘘ではないとしても誇張して人より優位に立とうとする。
なんだか駆け引きの世界で、ほかのことがよく見えて、けなしたくなる。
まあ、まだまだ俗人であることを、思い知ります。
でもこのままじゃ、終わるに終われないじゃないですか。
あまりにも自分がみじめに思えてくるじゃないですか。
だまされたとは思っていないけど、それによく似たことだと思うのです。

久しぶりに嵯峨野の野々宮界隈へ行って写真を撮りました、
われながら、何してるんやろ、と思いながらのスナップです。
そもそものその行為が一体何なのかということも考えてしまうんです。
いやはや矛盾だらけ、説明がつかない、そうしたことか。
文字さんと、いろいろ話をしていると、自分の思い込みが正しくないとも思う。
何が正しくて、何が虚偽なのか、それは本人だけが知ることなのです。
なにかしら、うんざりしてしまう今日この頃です。

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徒然にっき-14-

2017/03/18 09:20
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フォトハウス写真研究会なるものを立ち上げようとして動いています。
ここ数日はそのことで時間を費やしているなぁ、といま思います。
4月9日の日曜日が創立の研究会開催、箕面のスペースです。
紆余曲折といえば紆余曲折です。
可能性を求めて、組み合わさってきて、ここにいます。
個人の名前は控えますが、旧知の彼には、背中を押してもらえた。
京都、大阪、神戸、紆余曲折、立ち上げは箕面に行きつきました。

あらためて、これまでの経験値を総合して、場つくりをします。
フォトハウスの前には釜ヶ崎で季刊誌を「季刊釜ヶ崎」を編集。
そのころに「映像情報」を編集、東松照明さんと巡り合う。
東松さんとのセッションから「フォトハウス」の構想が生まれてきます。
1984年、フォトハウス立ち上げ、フォトワークショップを開催します。
もうひとつの流れは写真図書館につながる流れでした。
その後、京都写真学校を岡田さんと共同で、10年やりました。

結局、人との関係の中で作ってきたシステムでした。
この、人との関係ということをベースに置いて、作っていきます。
なによりも有名になることではなくて、自分への満足、でしょうか。
生きている喜びの実感みたいな、それが体感できるシステムです。
総合文化研究、むくむく通信社、アグリネット、それらの総合態です。
ぼくに残された時間は10年と想定しています。
悪夢委から覚めた感じで、がんばっていきたいと思っています。


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徒然にっき-13-

2017/03/11 16:51
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それは昨日2017.3.10のことでした、写真に写っている稲垣氏と一緒でした。
強制代執行の違法性を求めての裁判に行ったところですが、このバス。
修理に出すというので西淀川区のふそーの工場へ持っていくのにつきあった。
西淀川郵便局がありマクドナルドがありました。
もう二十年以上も前になる、ここで退職したのでしたが。
その時のことが、いっきに思い出されてきて、良も悪くも混在でしたが。
思い出とは、思い出を思い起こすとは、こういうことなのだと思った。

裏が読めるというのは、その当時に養った知見と経験なのかも知れない。
官民癒着の構造が、たぶん、この小学校開校の背景にあると思う。
そんなことに近いこと、そこで見てきたような気がしています。
まあ、そんなこと、どうでもいいけど、善良な市民をだましちゃいけないな。
一気にきな臭い様態が浮上してきているように思えます。
写真研究会を立ち上げます、意地でここまで来た感じがしています。
最後の企画かも知れないと思って、慎重に進めていきたいところです。

なんだろうね、釜ヶ崎というところに関わる自分のことですが。
一番底辺な場所として、これは経済の枠組みにおいて、虐げられる立場。
そこに関わったという自分の資質について、なんなんだろうな、と思う。
家庭的に庶民として底辺に生きていたことが、そこへ傾斜した理由であろうか。
反体制の側に立った自分のことを追憶していっても、明確でない。
生まれ育った土地柄というのがあるのかもしれない。
生まれ育った環境が、西陣の端の異端者的立場に置かれていた感覚なのかも。



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徒然にっき-12-

2017/03/02 07:11
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その先が、まだ無限にあるようにも感じていた日々があった。
それが今、過ぎてきた年月がすでに九割くらいで残り一割。
具体的に書くと、産まれて70年が過ぎて、残りはあと10年だと。
うろたえます、切羽詰まり感、どうしたらいいのか、うろたえる。
肝っ玉小さいな、つくづく実感、迫力ないよな、自分の生き方。
昨夜、稲垣氏に接していて、彼は強がりだから、折れるなよ、と。
ぽきっと折れそうな気がするから、お互いに、気をつけよう、と。

気をつけるといっても、どうしたらいいのか、わからない。
あのお別れから一年、その方が共にいた処から離れて半年。
つぎの場つくりに、気持ちが乗ってきたところだと思える。
ひとは、このことを、立ち直り、甦りだ、というと思うんだ。
かまやつがなくなった、とラジオでいま言っている、78才だとか。
最近、死亡ニュースが奇妙に気に引っかかる。
でも、まだ、自分の時に置き換えることが、実感できない。

この歳になると、たいがい病を抱えている奴が多い。
ぼくの近辺で、親しくしている文字さん、稲垣さん。
自分は精神の病かも知れない、とおもうところです。
物心ついたころからの寂しさ気持ちが再燃している。
でも、たかが、知れてる、まだまだ、これから、ひと踏ん張り。
自分を信じて、信じた道を、進めていく、これでいくしかない。




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徒然にっき-11-

2017/02/25 11:35
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二月は逃げるという諺がありますね。
2月というのは、やっぱり過ぎるのが早い。
もう、今日は25日、天神さん、梅花祭ですね。
午後から天神さんへ行ってみようかとも思います。
梅花祭は幕が張られて外から内部が見えません。
千円いくらか払って入ると、上七軒の芸子さんがお茶接待。
ぼくは、お金を払わないから、見れません。

なんでも金のいることばかりで、これには反発しています。
結局この世は金次第、お金があれば何でもできる。
こういう風潮を払拭して、金がなくてもなんかできる。
まあ、お金がない、いや全くないわけではないけど、無い。
昨日は、釜ヶ崎労働者の裁判、仕事先で暴行された訴えでした。
高等裁判所で、控訴審、相手方が控訴してきて、次回、判決とか。
弱い者が勝つ、とは限らなくて、強い者が勝つ、これが風潮ですが。

フォトハウス写真研究会という名称で、次の展開を図ろうと思っています。
思ってみれば、枠組みがないから枠組みを作っていくということ。
でもこれは類似の枠組みがあって、そのなかみをどうするか、ですね。
自分では正しいと思うことが、一般ではそうでないことがままあります。
フォトハウスの企画も、そういうことかも知れないと思うけど、そうではない。
なにかクリエイティブなことやっていないといけない性格なのか。
でも、もう、最後だろうな、と思う事ばかりだけど、恍惚と不安と、なんて。

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タイトル 日 時
徒然にっき-10-
徒然にっき-10- 人生やり直ししたい、ほぼ本気でこのフレーズが言葉になって出てきてる。 やり直しができたら、もっともっとやりたいこと楽しいことを、思う存分やりたい。 おとといだったか、嵯峨へ行こうと思って、行ってみて、嵯峨天皇陵に登った。 そんなに山の上にあるとは思っていなかったから、登り始めたのだったが。 このまえに大覚寺の周辺まで行って、名古曽の瀧跡って石組みを見てきた。 その延長上で、今回の天皇陵行きになったのだと思う。 嵯峨を訪れるのは昨秋から数えて三度目だ。 ...続きを見る

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2017/02/18 10:13
徒然にっき-9-
徒然にっき-9- まるで崩壊感覚です。 寒い日、ガラス戸がガタガタと音をたてています。 どうしたことか、虚しいような寂しいような老人性鬱なのか。 小説をいくつか書いているけれど、慰めみたいなものです。 あなたは、いま、なにを思い、なにをしようとしているのですか。 もう糸が切れてしまったから、お会いすることもないんでしょうね。 冬、寒い日、日曜美術館で長谷川等伯の足跡をやっていました。 ...続きを見る

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2017/02/13 13:12
徒然にっき-8-
徒然にっき-8- 節分が終わり今日は立春。 光が春めいてきています。 一昨日は節分取材に出かけてきました。 写真を撮ったけれど、まだアップしただけでセレクトしていません。 ここに載せたのはスマホで撮った椥神社の御神楽です。 もう毎年の事、節分のときにはここへ来て御神楽を撮らせてもらう。 舞われる人も鉦太鼓の人ももう顔を覚えていておなじみです。 ...続きを見る

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2017/02/04 10:57
徒然にっき-7-
徒然にっき-7- 2017年の1月が終わります。 もたもたしながらの日々ですが、1月が終わります。 朝からデーターを整理を、ハードディスクの中を整理してました。 データーの大多数が写真データーです。 ハードディスクに置いているけど、使うことが無いですね。 といって消してしまうことも気持ちの上でできないでいます。 といいながら何年も前の古いデーターはすでになくなっていますが。 ...続きを見る

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2017/01/31 14:07
徒然にっき-6-
徒然にっき-6- 何処へ行って、何を書こうかと、うろうろ徘徊しています。 日曜日の朝、寒い朝、ラジオは美空ひばりのマドロスさん。 懐かしい、昔々、といっても60年ほど前になるのか。 老年になったものだ、つくづく自分の歳を思ってしまう。 写真を一枚載せていますが、このブログでどう見えるのか。 昨日、星が丘洋裁学校って所へ行かせてもらって撮った一枚。 うんうん、女子たちが写真の被写体にするイメージ満点の場所。 ...続きを見る

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2017/01/22 09:03
徒然にっき-4-
徒然にっき-4- もう長年の知りあい、稲垣さんの応援というか、支援というか。 彼が孤軍奮闘、組合と炊き出しの会を運営している姿に感動します。 おととい、裁判傍聴に動員がかけられ、センターからバスに乗る。 裁判のなかみには触れないが、勢力的に裁判闘争を続けています。 原告として裁判に持ち込むわけですが、弁護士、弁護団がいるわけです。 ぼくはそのまわりで、傍聴に行くひとりにすぎません。 その彼が、昨年から病気と闘っている姿をみて、感動的に応援します。 ...続きを見る

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2017/01/19 10:49
徒然にっき-3-
徒然にっき-3- 土曜日の朝、もたもたと、午前中の時間、なにをしておこうかと、迷う。 結局、ここへ来て、徒然にっき、を書こうと思って、書き出したところ。 これまでの、気になることが、ちらちらと脳裏にきらめいてきます。 でも、それらの光景を紐解いて、記述していくことは、ここではできない。 この文章は公開しています。 なにもかも公開できるほど、単純な生き方をしていないから、秘密。 秘密は持たない方がいいと思うけれど、誰にも言えないことも多々。 ...続きを見る

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2017/01/14 09:41
徒然にっき-2-
徒然にっき-2- 正月も終わり1月8日、日曜日、雨が降っています。 朝からもたもた、もう昼の時間になってしまいました。 文学・小説のはなしで、漱石や堀辰雄などのことを書きました。 文学の論ではなくて、雑文、自分のj記憶をたどっている感じ。 これらの行為は、自分のためにやっているんだな、と思う。 世間の流れに合わせる必要もなく、自分流でいいんでしょうね。 それしか言いようがないきがします。 ...続きを見る

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2017/01/08 12:31

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