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zoom RSS テーマ「徒然にっき」のブログ記事

みんなの「徒然にっき」ブログ


徒然にっき-32-

2017/11/18 10:18
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紅葉の画像を貼り付けたけれど、貼り付けた画像は見えないままです。
このブログは、かなり前に作ったブログで、思い出深いブログです。
写真集、アルバムの作っているし、捨てがたいブログです。
なので、けっこう素直な気持ちで、本音的な文章を書いて、残しています。
随筆なんてほどに、文章を洗練させていなくて、書き捨てというところです。
読んでもらうには、パソコンではだめだ、やっぱり書籍にしないと、という。
それは書籍にしたいけど、金もないし、編集ソフトが扱えないしなぁ、です。

書籍にするのも、近年は廉価で、少部数発行で、できるようになりました。
写真集は、何度も手掛けていて、ヨドバシのプリントブースで作る事ができる。
やっぱり文章が中心の本を作りたいと思うけど、そこまで、なかなかいかない。
いきおい、ネットで、ホームページに載せるところ、そこまでしかできない。
ガリ版刷り、活版から、タイプ打ち、ワープロ文字、印刷の体験をしてきました。
そういうことでいうと、いまは、個人で出版が、簡単にできる時代です。
自分を表現するツールが、格段に使いやすくなっていると思うのです。

本音、ぼくもたいした文章を書いているわけではなく、作家なんて言えない。
ただ、文章を書くことに興味を持った18歳から半世紀、50年以上がたちます。
なにを書くのか、そのなかみのこと、何が書かれているのか、そのなかみ。
技術の話ではなくて、内容の話です。
その内容じたいが、自分よがりなばかりで、客観性を伴わない、のかも。
なにを、どのように、いつも思って、行為するところですが、うまく機能しない。
落胆、失意の日々です。

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徒然にっき-31-

2017/11/07 12:17
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京都では70歳を越えた老人は市バスと地下鉄がほぼロハで乗れる。
そういう恩恵を受けて、バスを乗り継ぎ、地下鉄を乗り、して時間を過ごす。
たまたま二条城の前に来たので、降りて入場券売り場のところへ行った。
ロハで入場できると聞いたような気がするので見ると無料入場できる。
何年かぶりで二条城へ入った。
大政奉還から150年にあたるというのでイベントをしているのか。
建物の内部は撮影禁止、ふすま絵などはレプリカ、そういうことだ。

京都にいると、神社仏閣、四季折々の風物があり、写真の被写体になる。
京都に生まれ育ったんだから、京都をテーマに写真をとってやろうと、思った。
生まれ育った地元だから、でも、たまたまそれが京都であった、なんて。
実の処、京都にいるといっても、狭い範囲で生活圏があるわけです。
ぼくは北野天満宮、金閣寺、千本えんま堂、その界隈が生活の場でした。
京都を撮るといっても、記憶に残る幼少のころを追憶していく感じです。
たまたま京都であって、たぶん、観光京都の写真ではない。

京都を撮ったカメラマン、写真家さんはたくさんいらっしゃいます。
京都に住んでいるカメラマンさん、商売用に観光京都写真を作っています。
伝統的に、といっても写真の歴史なんてしれてるなかでの、伝統的作画です。
なあんだ、日本画のなかに描かれる京都の風物が、そのまま写真じゃないか。
そう感じたのが写真をはじめて数年経った頃でした。
絵画と対抗して、絵画を超える京都イメージを作ろうと、していたところです。
女子シリーズは、まさに、絵画を超えようとして生じてきた絵(写真)でした。



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徒然にっき-30-

2017/10/30 06:14
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おととい、土曜日、表現塾の撮影実習で撮影にでかけました。
当初、奈良方面へ行く予定でしたけれど、雨のため、場所を変更です。
大阪は、黒門市場へ、撮影できる場所として、選びました。
黒門市場へいくのは、今回で二回目です。
大阪を撮る、というテーマを再開しようかと思っていたところです。
でも、なかなか、足が重くて、とくにこの秋以降ですが、取材できていません。
そういうこともあって、表現塾の写真に撮影実習を定例化しようと思うのです。

なんとなく関西写真シーンの歴史を引き継ぐなかで表現塾を捉えたい。
このように思って、その精神性みたいなものを求めて、いこうとも思う。
ぼくの出身、基本がカメラクラブだから、そこへの回帰といえるかも。
ざっくり、今の関西の現状をみても、形や内容が変わった感じだけど同じ。
同じというのは、クラブ組織ではない形で若いカメラ愛好者が集合している。
もちろん、これまでと同じように、カメラクラブが、数多くある現状です。
ぼくの考え方も変わってきて、軸足をグループ化に置こうとしている。

なんだかんだと言っているけれど、セクト化じゃないのか、と思います。
このセクト化を避けるために、と思っていた自分が、組織化に向かっています。
先輩の大八木さんと撮影に出かけて、これを定例化していこうとのこと。
フォトハウス表現塾、そのなかの倶楽部を組織しよう、結局、これです。
それも、これも、自分の集大成としても、出発点に戻る、原点回帰、かな。
いま、まったくのフリーの立場、失ったものも多いけど、いまから出発でよい。
東松照明さんを持ち出しているけれど、あんまり利用したら、いけませんね。





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徒然にっき-29-

2017/10/22 14:07
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昨日も今日も雨、台風が近づいてきているというのです。
衆議院選挙、投票に行ってきました。
誰に、何党にいれたかは公表しませんが、投票しました。
じつは還暦の歳まで、選挙にはいきませんでした。
選挙にいくことは、今ある国を容認することだとの思いから。
でも、年金もらうようになって、国家があって自分があることを実感。
体制内で、どこまでいっても体制の内側にいることを自覚したわけ。

雨が降っているけれど、気持ち的にはおだやか、晴れの日みたい。
いやな気分になることはもういいです、好きなことだけ、やろう。
表現塾がスタートしたことで、肩の荷がおりた感じがします。
ひとりだけの出発から、ひとり、ふたり、賛同者がふえています。
感謝の気持ちと、嬉しい気持ちで、その方たちには、お礼をいいます。
あれから二年、あれから一年、できましたよ、ひとまずスタートです。
あなたはもういないけど、知らせようかとも思うけど、やめときます。

ぼくにだって自負心もあれば自尊心もあります。
負けてたまるか、という闘争心もあります。
この歳になって、まだ若僧のごとく、隠居しないで第一線を死守です。
まあ、みじめな気持ちをいっぱい味わってきたから、それへの仕返しです。
まだまだ始まったばかりですけど、人生はずんずん終わっていくんです。
もうこの先がない、あとどれだけ、やり直すことなんてできない処です。
でも、いま、ほんとに、安堵の気持ちです。



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徒然にっき-28-

2017/10/13 11:12
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近くで工事をしているんでしょうね、ドリルの音が耳障り、騒音ですね。
アイチューンで、これは何だろう、シューベルトのピアノの曲ですね。
ドリルの音にかき消されてしまう感じで、ドリルが止まるとホッとします。
道路のアスファルトを割っているんでしょうかね、そんな音です。
いら立ってもしかたがないけれど、けっこういら立ってきます。
文章を書くのに、いちばん頭が冴えている時間だから、です。
一日のうち、頭が冴えている時間って、午前中の3時間ほどです。

いら立っているのは、工事の音だけではなくて、ほかにもいろいろ。
こんなときこそ、落ち着いて、落ち着いて、と言い聞かせてやらないと。
もうメールおかえしすることはないとおもいます、朝、こんな句が目に入った。
もう二年も前のメールのなかの一部分ですが、心がぞっと冷めた感じでした。
辞めてもう一年が経って、ようやく次の形が出来てきたところだと思います。
あなたにも必要なことだと思うのが、牽引となって、進めてきています。
でも、もう、お知らせすることも、やめておいた方がいいのでしょうか。

これまでにも何度か大きな区切りをつけてきました。
新しいところへ旅立つときには、未練に憑きまとわれて、後ろ髪引かれます。
時間の経過で、過去へと追いやってくれるまで、やっぱり三年が必要ですね。
自分で、何してるんだろう、とまるで狐に抓まれた感覚で、わけわからない。
七十年というけれど、その年月が過ぎてしまって、残すは十年あるかなしか。
そう思うと、いらだちはひときわ、一刻たりとも無駄にはできないと思うんです。
目の前にある「孤立無援の思想高橋和巳全エッセイ集」という単行本に目がいきます。

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徒然にっき-27-

2017/10/08 10:41
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秋、今日は学区の運動会、朝から開会式に出席してきました。
地域のことに、若いころは無関心でしたが、年とるにつれ、そうではなくなってきました。
とはいっても進んで町役員をするとか、そこまでには至っていません。
何かに生きがいをみつける、そういうことで地域の人たちが役をされている。
ぼくには、地域ではない、もう少し広い領域で、アートに関して、でしょうか。
特別に、写真にこだわってはいないけど、結局は写真の枠組みです。
これは、経験によって、その内容の深部までがわかるから、といえます。

ほかのジャンルには、こだわっていても、評論できるほど知識がないですね。
文学なら小説のこと、古典なんかはわからない、漢詩なんてわからない。
俳句も、短歌も、どうしたらいいのかわからない、素人状態です。
知りたいと思う、だから、学ぶ場をつくって、そこで学びたいと思うのです。
既存の学び場があると言われれば、そうなのですが、はいれこめない。
自分で枠をつくる、そこで自分が満足していくものを得たい、その感覚です。
フォトハウス表現塾という名称の学びの場をつくろうとしています。

それぞれが自分のいる場所、自分が満足する場所を見つける。
その入り口を提供したいと考えているのです。
なんらかの生産に携わり、ほかの人と交流を深めていく、そのことです。
大きくは、反グローバル化、個性を重んじ、個人の生き方を尊重する。
自立といえばよろしいか、自分を見つめ満足するように作り上げる。
そのプロセスを、どうすれば確保できるか、その実践場としての表現塾かなぁ。
語れば語るほど、わけがわからなくなってくる感じで、気持ちは、虚しいです。




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徒然にっき-26-

2017/09/07 16:28
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あんまり無理しないで気の向くままにできることをやろう。
こうしてじっとしてあたりを見回してみると、だれがいるんだろう。
ほんの数人の方が、気持ちの上でも、ぼくを支えてくれています。
これまで奉仕してきた様々な処で、ぼくは遠い存在になっています。
ひとえにこれはぼくの資質に拠るものだと思えてきます。
けっこう正義感は強い方だと思います。
なにに対しての正義感かといえば、理想をダメにする勢力に対してです。

理想を求めて、自分の思う理想を追求していくことです。
これまで、妥協することばかりだったから、今を招いているんです。
自分を主張して、だました奴らにやり返していく、でもこれは孤立です。
雨の音が窓辺にしてきて、雨が強くなってきたようです。
いま、何ができるか、自分が正義と思えることを、手掛けていく。
なんだかんだといっても、自分が信じる道しか進めないのです。
いっぱいだまされてきて、いっぱい損をして、でもそれがわかって正解です。

そもそも、なぜ表現塾なるものを、作ろうとしているのか。
べつにあってもなかっても、世の中ほぼ全く変わらないと思われます。
その種の学びの場は、あっちこっちにあるように思えます。
ぼくが思うのは、表現塾は共同体のひとつです。
人と人のネットワークを、幸福が感じられるレベルで集えること。
一言で、反グローバリズムと言えますが、その内容はどういうことなのか。
このことの議論が必要だし、なにより生きていくことへの確実性を得たい。




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徒然にっき-25-

2017/08/24 11:23
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徒然にっき、なんてタイトルは、どうみても日本的な気がします。
ここで日本的というと、国粋主義かと思ってしまうけど、そうではありません。
でも、トランプ氏がアメリカ主義なら、こちらは日本主義、とでもするか。
日本という枠組みにこだわってはいませんが、国家という単位があるから。
国家という単位を解消するなんてことは、いまは考えていません。
むしろそれは意識外のこととして、個人の内面にこだわりたいところです。
ところがこの内面というのも、大きな世界と向きあっているんですから。

個人を中心にして、そこから、世界を見渡す、という作業が必要かと思います。
個人の感情というか、幸福感とか充実感とか、そういう感覚を得ていこう。
全体と個人とか、けっこう大きな問題で、近代の個人は、これの葛藤でした。
いま、あらためて、この時代に、あるべき個人の人格を、捉えなおす。
難しいことはさておいて、どうするべきなのか、です。
2002年に「カフェ&プレス」という概念を構想したんですが、検証しています。
これから何をするのか、そのことを、自分のために明確にしていくためです。

おととい、京丹波町の西村さん多田さんを訪ねました。
情報センターの見学もさせていただきました。
ケーブルテレビ局で仕事をされていて、フォトハウス表現塾のメンバーです。
質美小学校のスペースで写真展ができないかの打診です。
実行するための、これから具体的な枠組みをつくるところですが。
前向きに、主体となってやっていけるようにと思っています。
また、また、打ち合わせしながら、具体化していこうと思います。

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徒然にっき-24-

2017/08/12 12:14
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思うこと多いんですが、それを言葉に、なかなかできないです。
この年になって、懐疑心というか、疑い深い心理になってきます。
自分の言う事に対して、はたしてそれでいいのか、とかの疑問です。
他人様のことには、あんまりコメントしませんが、要は自分のことです。
表現塾をつくろうとして、そのコンセプトを探しているところです。
ああでもない、こうでもない、理想は何か、それをどう創るのか。
生きた時代によって価値観とか意味合いが変わるんですよね。

自分が生きた年代、時代という内容を検証してみたい。
おおむねその年代でその時代を経験した者どうしが共有できる。
そうかもしれない、世代が違って、見解とか意見とか、相違するんですね。
なんか、そう思うと、虚しくなってくるんです、これは感情の部分です。
感情は切り捨て、という時代があったとすれば、いまは感情込みです。
感情という厄介なものを基底に置いて、物事は考察されるべきではないか。
わけのわからないことで、コミュニケーションが取れないですね。

いまの時代、というのが正しいのか、今の年齢だから、が正しいのか。
なにを求めているんだろう、と根本的な問いが頭をもたげてきます。
真に必要なことは、避けて通らなければ、コミュニケーションが結べない。
いや、これは従前のコミュニケーション論であって、今は違う。
内面、自分、感情、そういった事柄が具体的テーマとなった時代ですね。
そのように思うことからしか、ことは進まないようにも思えるのですが。
未知の領域へいこうとするのは、不安と虚しさとも、入り交じりですね。



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徒然にっき-23-

2017/08/02 14:34
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2017年8月2日、夏真っ盛り、暑い日になっています。
午後になって、外出するのも億劫になって、家にいます。
フィルムスキャンをして、ノートブックパソコンを開けたところです。
思うこと、多々ありますが、胸につかえたまま、書き出せずにいます。
あれから2年、二年前の出来事が、フェースブックで出てきました。
その人は写っていませんが、その日のことは思い出せます。
その人は、いま、どこでなにをしていらっしゃるのでしょうか。

その後の消息が分からなくなって、もう知る由もありませんね。
その後のことが分からないということが宙ぶらりん感覚です。
区切りがつかない、いつまでも、たぶん、命尽きるまで。
そういう人のことが、何人かいらっしゃいます。
ぼくの気持ちの中のことで、完全に秘密の領域になります。
こころを開けるといっても、秘密はないといっても、秘密は秘密。
知ってほしいと思うけれど、ブログにも具体的には告白できない。

夏の日、小説を書き出して、それも匿名で書きますが、それに専念。
なにしてるんやろ、もうあと何年あるのか、それなのに、です。
成り行き任せで、無責任とはいえ、悶々とします。
新しい領域への展開は、これは公然だから、公表していきます。
秘密のない人生でありたいと思うけど、それは秘密のなかです。
まもなくお盆、今年は、父の七回忌ということで、予定を組んでいます。
人とは、永遠にあることはなくて、無限ではなくて、有限ですね。

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タイトル 日 時
徒然にっき-22-
徒然にっき-22- 暑い日がやってきて、暑い日が去って行って、夏が終わる。 今年はまだ夏が始まったばかりなのに、暑さに負けてしまいそう。 もう70回を越えて、夏を迎える体験をしているわけです。 夏の思い出、カメラを持ったころ、内灘で弾薬庫の跡を撮った。 釜ヶ崎で、1979年と1980年、青空写真展をおこなった。 このように思いだすこといろいろ、この夏は、なにがあるのだろう。 記録をしておかないと、忘れてしまって、そのままになりますね。 ...続きを見る

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2017/07/15 21:44
徒然にっき-21-
徒然にっき-21- もう半世紀も以前の話になります、1966年、昭和41年の写真展。 京都写真サロン展が、京都大丸6Fホールで開かれた。 会期は6月28日から7月3日です。 主催は全日本写真連盟京都府本部と朝日新聞京都支局。 その入選者名簿を大八木元治さんから預からせてもらった。 京都の写真作品制作者の方々、存じ上げる名前がたくさん。 ぼくが参加するのは1976年だったから、それより10年前です。 ...続きを見る

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2017/07/03 16:48
徒然にっき-20-
徒然にっき-20- ここのブログもけっこう長いこと利用しています。 タイトルの「徒然にっき」は、兼好さんの「徒然草」をもじったもの。 その徒然草が起草されたのは双ヶ岡の山裾の草庵でした。 その場所は、いま小さなお寺になっていたと思うが、歴史を感じます。 掲載した写真は、先日、双ヶ岡に登って撮ったうちの一枚です。 自分の存在、意識のありよう、自分の価値観を構成しているもの。 それらに興味を持って、自分の全体を把握したいと思うのです。 ...続きを見る

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2017/06/20 09:36
徒然にっき-19-
徒然にっき-19- かって白虎社で踊り子をしていた今さんが舞踏館で踊られている。 昨年、京都の烏丸三条あたりにオープンした旧家の土蔵が舞台とか。 その情報は知っていたけれど、公演を見る勇気がなかった。 ぼくは1980年から白虎社を取材していて、写真を35年間封印していた。 一昨年あたりから、フィルムスキャンしてアルバムやブログにのせています。 そのメンバーだった今さんが舞踏を続けていらっしゃるのです。 昨日は、その写真展のトークイベントに出席させていただいた。 ...続きを見る

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2017/06/04 07:34
徒然にっき-18-
徒然にっき-18- 今日はこの前文字さんと一緒に行った耳成山口神社の写真を使いました。 昨年からの宿題といえばいいのか、大和三山巡りの二番目です。 どうしてだか、写真の被写体に、旅気分で出かけた場所を撮ってみます。 それほどインパクトある写真でもないが、思い入れがでる写真ですね。 なにしてることか、自分で自分の行為を、理屈づけできないでいます。 理屈づけできないのは、写真を撮ることだけじゃなくて、ほかにも及びます。 パソコンに向かって、文章書いたりするけど、なんでするんやろ、と。 ...続きを見る

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2017/05/24 09:31
徒然にっき-17-
徒然にっき-17- 写真の先輩大八木さんと撮影会した天神さんの縁日記念を張っておきます。 ぼくがカメラを持って写真を始めた最初のころに所属した光影会にいらした人。 もう八年も前だが、DOTで再会、それから光影会の例会と撮影会にいく。 光影会は京都シュピーゲルという名称が変更になった写真倶楽部でした。 いま思うと関西写真史のメインストリートではあった、血統書付です。 当時からの生き残りの先輩といえば、いまや現役では、大八木さんです。 1977年、ぼくは、光影会と全日写連と関西二科会の三組織の会員でした... ...続きを見る

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2017/05/06 15:13
徒然にっき-16-
徒然にっき-16- いま実名を使っているブログの数が20個ほどあるなかで、ここがメインだと思っています。でも、ここでは文章を、三段と決めていて、これがけっこう億劫になっています。作成するのに時間がかかる、ということもあるけれど、何を書こうかと迷うからです。写真だけのブログがけっこうあって、そこへも最近はアップできていないです。 欲を出しすぎているのだと思うが、これらは広報のために作り置いてあるブログです。 今月に入って「表GEN研究会ph」という会を立ち上げました。これへの会員募集を、写真学校のときの広... ...続きを見る

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2017/04/24 08:27
徒然にっき-15-
徒然にっき-15- 今日は4月1日、エイプリルフールといっても嘘が書けない。 嘘が書けないという嘘をついて、本当を装っている気がします。 もう年をここまで取ってしまうと、本当と嘘が区別できないと思ってしまう。 まあ、だいたい、嘘ばっかりというのが世の中みたいな気がします。 嘘で塗り絡めて張りぼてにして、あたかも本当のようにふるまう。 哀しいけれど、そんな人をたくさん見てしまいます。 じゃあ、自分はどうだと問われて、自分は違うなんて言えない。 ...続きを見る

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2017/04/01 17:39
徒然にっき-14-
徒然にっき-14- フォトハウス写真研究会なるものを立ち上げようとして動いています。 ここ数日はそのことで時間を費やしているなぁ、といま思います。 4月9日の日曜日が創立の研究会開催、箕面のスペースです。 紆余曲折といえば紆余曲折です。 可能性を求めて、組み合わさってきて、ここにいます。 個人の名前は控えますが、旧知の彼には、背中を押してもらえた。 京都、大阪、神戸、紆余曲折、立ち上げは箕面に行きつきました。 ...続きを見る

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2017/03/18 09:20
徒然にっき-13-
徒然にっき-13- それは昨日2017.3.10のことでした、写真に写っている稲垣氏と一緒でした。 強制代執行の違法性を求めての裁判に行ったところですが、このバス。 修理に出すというので西淀川区のふそーの工場へ持っていくのにつきあった。 西淀川郵便局がありマクドナルドがありました。 もう二十年以上も前になる、ここで退職したのでしたが。 その時のことが、いっきに思い出されてきて、良も悪くも混在でしたが。 思い出とは、思い出を思い起こすとは、こういうことなのだと思った。 ...続きを見る

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2017/03/11 16:51
徒然にっき-12-
徒然にっき-12- その先が、まだ無限にあるようにも感じていた日々があった。 それが今、過ぎてきた年月がすでに九割くらいで残り一割。 具体的に書くと、産まれて70年が過ぎて、残りはあと10年だと。 うろたえます、切羽詰まり感、どうしたらいいのか、うろたえる。 肝っ玉小さいな、つくづく実感、迫力ないよな、自分の生き方。 昨夜、稲垣氏に接していて、彼は強がりだから、折れるなよ、と。 ぽきっと折れそうな気がするから、お互いに、気をつけよう、と。 ...続きを見る

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2017/03/02 07:11
徒然にっき-11-
徒然にっき-11- 二月は逃げるという諺がありますね。 2月というのは、やっぱり過ぎるのが早い。 もう、今日は25日、天神さん、梅花祭ですね。 午後から天神さんへ行ってみようかとも思います。 梅花祭は幕が張られて外から内部が見えません。 千円いくらか払って入ると、上七軒の芸子さんがお茶接待。 ぼくは、お金を払わないから、見れません。 ...続きを見る

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2017/02/25 11:35
徒然にっき-10-
徒然にっき-10- 人生やり直ししたい、ほぼ本気でこのフレーズが言葉になって出てきてる。 やり直しができたら、もっともっとやりたいこと楽しいことを、思う存分やりたい。 おとといだったか、嵯峨へ行こうと思って、行ってみて、嵯峨天皇陵に登った。 そんなに山の上にあるとは思っていなかったから、登り始めたのだったが。 このまえに大覚寺の周辺まで行って、名古曽の瀧跡って石組みを見てきた。 その延長上で、今回の天皇陵行きになったのだと思う。 嵯峨を訪れるのは昨秋から数えて三度目だ。 ...続きを見る

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2017/02/18 10:13
徒然にっき-9-
徒然にっき-9- まるで崩壊感覚です。 寒い日、ガラス戸がガタガタと音をたてています。 どうしたことか、虚しいような寂しいような老人性鬱なのか。 小説をいくつか書いているけれど、慰めみたいなものです。 あなたは、いま、なにを思い、なにをしようとしているのですか。 もう糸が切れてしまったから、お会いすることもないんでしょうね。 冬、寒い日、日曜美術館で長谷川等伯の足跡をやっていました。 ...続きを見る

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2017/02/13 13:12
徒然にっき-8-
徒然にっき-8- 節分が終わり今日は立春。 光が春めいてきています。 一昨日は節分取材に出かけてきました。 写真を撮ったけれど、まだアップしただけでセレクトしていません。 ここに載せたのはスマホで撮った椥神社の御神楽です。 もう毎年の事、節分のときにはここへ来て御神楽を撮らせてもらう。 舞われる人も鉦太鼓の人ももう顔を覚えていておなじみです。 ...続きを見る

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2017/02/04 10:57
徒然にっき-7-
徒然にっき-7- 2017年の1月が終わります。 もたもたしながらの日々ですが、1月が終わります。 朝からデーターを整理を、ハードディスクの中を整理してました。 データーの大多数が写真データーです。 ハードディスクに置いているけど、使うことが無いですね。 といって消してしまうことも気持ちの上でできないでいます。 といいながら何年も前の古いデーターはすでになくなっていますが。 ...続きを見る

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2017/01/31 14:07
徒然にっき-6-
徒然にっき-6- 何処へ行って、何を書こうかと、うろうろ徘徊しています。 日曜日の朝、寒い朝、ラジオは美空ひばりのマドロスさん。 懐かしい、昔々、といっても60年ほど前になるのか。 老年になったものだ、つくづく自分の歳を思ってしまう。 写真を一枚載せていますが、このブログでどう見えるのか。 昨日、星が丘洋裁学校って所へ行かせてもらって撮った一枚。 うんうん、女子たちが写真の被写体にするイメージ満点の場所。 ...続きを見る

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2017/01/22 09:03
徒然にっき-4-
徒然にっき-4- もう長年の知りあい、稲垣さんの応援というか、支援というか。 彼が孤軍奮闘、組合と炊き出しの会を運営している姿に感動します。 おととい、裁判傍聴に動員がかけられ、センターからバスに乗る。 裁判のなかみには触れないが、勢力的に裁判闘争を続けています。 原告として裁判に持ち込むわけですが、弁護士、弁護団がいるわけです。 ぼくはそのまわりで、傍聴に行くひとりにすぎません。 その彼が、昨年から病気と闘っている姿をみて、感動的に応援します。 ...続きを見る

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2017/01/19 10:49
徒然にっき-3-
徒然にっき-3- 土曜日の朝、もたもたと、午前中の時間、なにをしておこうかと、迷う。 結局、ここへ来て、徒然にっき、を書こうと思って、書き出したところ。 これまでの、気になることが、ちらちらと脳裏にきらめいてきます。 でも、それらの光景を紐解いて、記述していくことは、ここではできない。 この文章は公開しています。 なにもかも公開できるほど、単純な生き方をしていないから、秘密。 秘密は持たない方がいいと思うけれど、誰にも言えないことも多々。 ...続きを見る

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2017/01/14 09:41
徒然にっき-2-
徒然にっき-2- 正月も終わり1月8日、日曜日、雨が降っています。 朝からもたもた、もう昼の時間になってしまいました。 文学・小説のはなしで、漱石や堀辰雄などのことを書きました。 文学の論ではなくて、雑文、自分のj記憶をたどっている感じ。 これらの行為は、自分のためにやっているんだな、と思う。 世間の流れに合わせる必要もなく、自分流でいいんでしょうね。 それしか言いようがないきがします。 ...続きを見る

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2017/01/08 12:31

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