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zoom RSS テーマ「徒然にっき」のブログ記事

みんなの「徒然にっき」ブログ


徒然にっき-26-

2017/09/07 16:28
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あんまり無理しないで気の向くままにできることをやろう。
こうしてじっとしてあたりを見回してみると、だれがいるんだろう。
ほんの数人の方が、気持ちの上でも、ぼくを支えてくれています。
これまで奉仕してきた様々な処で、ぼくは遠い存在になっています。
ひとえにこれはぼくの資質に拠るものだと思えてきます。
けっこう正義感は強い方だと思います。
なにに対しての正義感かといえば、理想をダメにする勢力に対してです。

理想を求めて、自分の思う理想を追求していくことです。
これまで、妥協することばかりだったから、今を招いているんです。
自分を主張して、だました奴らにやり返していく、でもこれは孤立です。
雨の音が窓辺にしてきて、雨が強くなってきたようです。
いま、何ができるか、自分が正義と思えることを、手掛けていく。
なんだかんだといっても、自分が信じる道しか進めないのです。
いっぱいだまされてきて、いっぱい損をして、でもそれがわかって正解です。

そもそも、なぜ表現塾なるものを、作ろうとしているのか。
べつにあってもなかっても、世の中ほぼ全く変わらないと思われます。
その種の学びの場は、あっちこっちにあるように思えます。
ぼくが思うのは、表現塾は共同体のひとつです。
人と人のネットワークを、幸福が感じられるレベルで集えること。
一言で、反グローバリズムと言えますが、その内容はどういうことなのか。
このことの議論が必要だし、なにより生きていくことへの確実性を得たい。




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徒然にっき-25-

2017/08/24 11:23
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徒然にっき、なんてタイトルは、どうみても日本的な気がします。
ここで日本的というと、国粋主義かと思ってしまうけど、そうではありません。
でも、トランプ氏がアメリカ主義なら、こちらは日本主義、とでもするか。
日本という枠組みにこだわってはいませんが、国家という単位があるから。
国家という単位を解消するなんてことは、いまは考えていません。
むしろそれは意識外のこととして、個人の内面にこだわりたいところです。
ところがこの内面というのも、大きな世界と向きあっているんですから。

個人を中心にして、そこから、世界を見渡す、という作業が必要かと思います。
個人の感情というか、幸福感とか充実感とか、そういう感覚を得ていこう。
全体と個人とか、けっこう大きな問題で、近代の個人は、これの葛藤でした。
いま、あらためて、この時代に、あるべき個人の人格を、捉えなおす。
難しいことはさておいて、どうするべきなのか、です。
2002年に「カフェ&プレス」という概念を構想したんですが、検証しています。
これから何をするのか、そのことを、自分のために明確にしていくためです。

おととい、京丹波町の西村さん多田さんを訪ねました。
情報センターの見学もさせていただきました。
ケーブルテレビ局で仕事をされていて、フォトハウス表現塾のメンバーです。
質美小学校のスペースで写真展ができないかの打診です。
実行するための、これから具体的な枠組みをつくるところですが。
前向きに、主体となってやっていけるようにと思っています。
また、また、打ち合わせしながら、具体化していこうと思います。

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徒然にっき-24-

2017/08/12 12:14
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思うこと多いんですが、それを言葉に、なかなかできないです。
この年になって、懐疑心というか、疑い深い心理になってきます。
自分の言う事に対して、はたしてそれでいいのか、とかの疑問です。
他人様のことには、あんまりコメントしませんが、要は自分のことです。
表現塾をつくろうとして、そのコンセプトを探しているところです。
ああでもない、こうでもない、理想は何か、それをどう創るのか。
生きた時代によって価値観とか意味合いが変わるんですよね。

自分が生きた年代、時代という内容を検証してみたい。
おおむねその年代でその時代を経験した者どうしが共有できる。
そうかもしれない、世代が違って、見解とか意見とか、相違するんですね。
なんか、そう思うと、虚しくなってくるんです、これは感情の部分です。
感情は切り捨て、という時代があったとすれば、いまは感情込みです。
感情という厄介なものを基底に置いて、物事は考察されるべきではないか。
わけのわからないことで、コミュニケーションが取れないですね。

いまの時代、というのが正しいのか、今の年齢だから、が正しいのか。
なにを求めているんだろう、と根本的な問いが頭をもたげてきます。
真に必要なことは、避けて通らなければ、コミュニケーションが結べない。
いや、これは従前のコミュニケーション論であって、今は違う。
内面、自分、感情、そういった事柄が具体的テーマとなった時代ですね。
そのように思うことからしか、ことは進まないようにも思えるのですが。
未知の領域へいこうとするのは、不安と虚しさとも、入り交じりですね。



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徒然にっき-23-

2017/08/02 14:34
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2017年8月2日、夏真っ盛り、暑い日になっています。
午後になって、外出するのも億劫になって、家にいます。
フィルムスキャンをして、ノートブックパソコンを開けたところです。
思うこと、多々ありますが、胸につかえたまま、書き出せずにいます。
あれから2年、二年前の出来事が、フェースブックで出てきました。
その人は写っていませんが、その日のことは思い出せます。
その人は、いま、どこでなにをしていらっしゃるのでしょうか。

その後の消息が分からなくなって、もう知る由もありませんね。
その後のことが分からないということが宙ぶらりん感覚です。
区切りがつかない、いつまでも、たぶん、命尽きるまで。
そういう人のことが、何人かいらっしゃいます。
ぼくの気持ちの中のことで、完全に秘密の領域になります。
こころを開けるといっても、秘密はないといっても、秘密は秘密。
知ってほしいと思うけれど、ブログにも具体的には告白できない。

夏の日、小説を書き出して、それも匿名で書きますが、それに専念。
なにしてるんやろ、もうあと何年あるのか、それなのに、です。
成り行き任せで、無責任とはいえ、悶々とします。
新しい領域への展開は、これは公然だから、公表していきます。
秘密のない人生でありたいと思うけど、それは秘密のなかです。
まもなくお盆、今年は、父の七回忌ということで、予定を組んでいます。
人とは、永遠にあることはなくて、無限ではなくて、有限ですね。

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徒然にっき-22-

2017/07/15 21:44
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暑い日がやってきて、暑い日が去って行って、夏が終わる。
今年はまだ夏が始まったばかりなのに、暑さに負けてしまいそう。
もう70回を越えて、夏を迎える体験をしているわけです。
夏の思い出、カメラを持ったころ、内灘で弾薬庫の跡を撮った。
釜ヶ崎で、1979年と1980年、青空写真展をおこなった。
このように思いだすこといろいろ、この夏は、なにがあるのだろう。
記録をしておかないと、忘れてしまって、そのままになりますね。

近年だと、日記をつけるということもあり、最近ならSNSとかブログとか。
自分を意識する、意識した自分を記録としてのこしていく。
表現する主体が、かっては外にあった出来事を記録してきたものです。
それが近年では、自分という主体を意識して、記録していくことになる。
表現とは、自己を記録して、記憶の中に埋めていく、ということも言える。
かってあったような方法だけではなくて、自分を主観でもって記録し残していく。
そのレベルが、自己表現の現在点だといえるのではないかと思います。

フォトハウス表現研究所なるものを立ち上げました。
そこでは表現塾を主宰しようと思っています。
当分は自分が中心になって呼びかけ、進めていきます。
表現研究会のときは、主体にはならないで、集まったひとが中心に。
でも、キックオフは、だれかがやらないと立ち上がらないと悟りました。
自分のプロジェクトとして立ち上げ、グループ化しないといけない。
金銭の授受が伴わない組織運営は、なかなか難しいことだと思えます。

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徒然にっき-21-

2017/07/03 16:48
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もう半世紀も以前の話になります、1966年、昭和41年の写真展。
京都写真サロン展が、京都大丸6Fホールで開かれた。
会期は6月28日から7月3日です。
主催は全日本写真連盟京都府本部と朝日新聞京都支局。
その入選者名簿を大八木元治さんから預からせてもらった。
京都の写真作品制作者の方々、存じ上げる名前がたくさん。
ぼくが参加するのは1976年だったから、それより10年前です。

関西の写真史をまとめてみたいと思っているところですが。
その一環として、ぼくの足元であった京都の写真史を見ています。
アマチュア写真家たちといってしまうと、写真撮影を仕事の方もいます。
ひところ、プロアマ混在、ちうような言い方をしていたが、プロもアマもない。
現在では、プロとかアマとかのいい方は死語で、写真作品制作者ですね。
ぼくは、その行為を表現の一種だと思いだしていて、表現論を考えます。

この半世紀前、フィルムの時代でモノクロにカラーが混じりだしたとき。
京都写真サロン展の特賞(朝日新聞社賞)は二谷和男氏のカラー作品です。
朝日新聞社がバックの全日本写真連盟は、全国組織です。
いまもめんめんと続いている組織で、主にクラブ単位で入会しています。
ぼくが参加していたのは1976年から1980年までだと記憶しています。
いまとなって懐かしい思い出が、特に人たちの顔と名前がなつかしいです。
歴史を書き起こしていかないといけないなぁ、と思うばかりで、進みません。

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徒然にっき-20-

2017/06/20 09:36
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ここのブログもけっこう長いこと利用しています。
タイトルの「徒然にっき」は、兼好さんの「徒然草」をもじったもの。
その徒然草が起草されたのは双ヶ岡の山裾の草庵でした。
その場所は、いま小さなお寺になっていたと思うが、歴史を感じます。
掲載した写真は、先日、双ヶ岡に登って撮ったうちの一枚です。
自分の存在、意識のありよう、自分の価値観を構成しているもの。
それらに興味を持って、自分の全体を把握したいと思うのです。

崩れ落ちた感覚のなかに残ったものは、国破れて山河あり、ですね。
二年前、いやはや五年前、十五年前、ずんずんと過去に戻っていきます。
それらに、一応の終止符を打たれた感じで、なにが残るのか。
双ヶ岡が特別な記憶の場所ではないけれど、記憶に残る場所。
過去の光景を求めて、過去の成功体験を求めて、自分を救済する。
もう七十年も生きた、その痕跡を辿るわけですが、この先がないから。
同窓会の幹事をしていますが、まわりで健康を害したひと、死んだ人。

なんだか、年を取るということは、淋しいことが多すぎる気がします。
なによりも、この先が不安、というのが大きいですかね。
それなりに、以前のような立ち回りができなくなっている。
出来なくなっている自覚を、知りたくない、退けたい、そう思ってしまう。
身体が老化することと反比例して空想がひろがり、現実感覚が喪失する。
自分のなかでぐるぐると妄想がひろがり、現実と間違うというのが現実。
なんだか、世間に申し訳ない、失礼ばかりしている、そんな感覚です。


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徒然にっき-19-

2017/06/04 07:34
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かって白虎社で踊り子をしていた今さんが舞踏館で踊られている。
昨年、京都の烏丸三条あたりにオープンした旧家の土蔵が舞台とか。
その情報は知っていたけれど、公演を見る勇気がなかった。
ぼくは1980年から白虎社を取材していて、写真を35年間封印していた。
一昨年あたりから、フィルムスキャンしてアルバムやブログにのせています。
そのメンバーだった今さんが舞踏を続けていらっしゃるのです。
昨日は、その写真展のトークイベントに出席させていただいた。

ほぼ若い人、女性が多い、たちが集まって話を聞いていらした。
セイリー育緒写真展、ギャラリーMainで開催されていて、そのトークです。
ギャラリーは社交場、人と人が交流する場です。
もちろんそこにある展示物を鑑賞することが前提となります。
ぼくは、おもはゆい気持ちになります、恥ずかしさもあります。
アウトサイドな、体制外的な場所で取材してきた身としては、美しすぎる。
ギャラリーという社交場は、やっぱり、眩しくって、気恥ずかしくていけない。

この2年間、大きなうねりのなかで進めてきた企画について、終息宣言です。
昨日、そのことを表明したところで、侘しさと虚しさですが、これでよいと結論。
すべてが終わっていきます、引き際というのがあるから、それが今ということ。
フォトハウスの名称を残し、自分表出を行うことで、つないでいきます。
何を撮ってきたのか、何をしてきたのか、そう思うと、検証がひつようかもなぁ。
意識以上に老人の域だから、それらしく振る舞わないといけないのでしょうね。
反省も込めて、自分のことを考えて、進んでいこうとおもうところです。

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徒然にっき-18-

2017/05/24 09:31
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今日はこの前文字さんと一緒に行った耳成山口神社の写真を使いました。
昨年からの宿題といえばいいのか、大和三山巡りの二番目です。
どうしてだか、写真の被写体に、旅気分で出かけた場所を撮ってみます。
それほどインパクトある写真でもないが、思い入れがでる写真ですね。
なにしてることか、自分で自分の行為を、理屈づけできないでいます。
理屈づけできないのは、写真を撮ることだけじゃなくて、ほかにも及びます。
パソコンに向かって、文章書いたりするけど、なんでするんやろ、と。

このブログは、文章を主体にして記録しているブログです。
でも、ひと頃のような、論理じみた文章にならない、支離滅裂な感がします。
なにしてるこっちゃ、なにしてるん、なんでぇ、こんなことしてるん。
わけもなく、わからないことだらけで、どうしたものかと、憂鬱になります。
学びの枠組みを提案して、それを実現させるとしても、その意味が掴めない。
いや、本当は理屈ずけることは、結構やってるのに、それが虚しくなるのです。
朝から、もたもた、パソコンをメンテナンス中だけど、よくわからない。

過去の栄光にすがるなんて、とってもばかげたことだと思うんです。
いま、なにを、しているのか、これが重要なポイントで、現役でないと意味ない。
じゃあ、いま、なにをしているjのかと自問して、恥ずかしいことばかりしてる。
プライベートなこと、性癖というか、生理的なことだけど、老体をどう認知するか。
頭も、肉体も、衰えてきているのに、妄想は衰えていかないようです。
壮年から老年へ、からだの変化といえばいいのか、そうかも知れない。
感覚が変わってくる、頭の中で、見えるモノが変わってくる、これは変化です。


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徒然にっき-17-

2017/05/06 15:13
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写真の先輩大八木さんと撮影会した天神さんの縁日記念を張っておきます。
ぼくがカメラを持って写真を始めた最初のころに所属した光影会にいらした人。
もう八年も前だが、DOTで再会、それから光影会の例会と撮影会にいく。
光影会は京都シュピーゲルという名称が変更になった写真倶楽部でした。
いま思うと関西写真史のメインストリートではあった、血統書付です。
当時からの生き残りの先輩といえば、いまや現役では、大八木さんです。
1977年、ぼくは、光影会と全日写連と関西二科会の三組織の会員でした。

今年の初めに、この光影会が実質上解散しました。
それはそれでよかったと思いますが、ぼくの中では継承しています。
ちょうどその後になって4月「表GEN研究会ph」という名称になったグループ。
関西の写真の歴史の血筋を引いた集団として、ぼくは認知しています。
岩宮武二氏、棚橋紫水氏、木村勝正氏、達栄作さんらは先輩になります。
ぼくが1970年代の中盤に、写真を学んだ器の出発点がここにあります。
その後、反発して釜ヶ崎へ行く後に、インディペンデント系と出会います。

1980年代からはじまった関西の写真シーンにコミットしてきて35年以上になる。
伝統的写真倶楽部の系譜を引き受け、新しい潮流を創ったメンバーとして。
フォトハウスを継続し、写真図書館、表大、IMI、京都写真学校のメンバー。
いま、それらの統合を、ぼくは新たな企画で、新しい潮流をつくります。
総合文化研究所、むくむく通信社、それを支える考え方に基づいていきます。
新たな企画は、それらの組み合わせということになるかと思います。
新しい場つくりは、カフェ&プレス構想をアレンジでいいいのではないか、と。

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タイトル 日 時
徒然にっき-16-
徒然にっき-16- いま実名を使っているブログの数が20個ほどあるなかで、ここがメインだと思っています。でも、ここでは文章を、三段と決めていて、これがけっこう億劫になっています。作成するのに時間がかかる、ということもあるけれど、何を書こうかと迷うからです。写真だけのブログがけっこうあって、そこへも最近はアップできていないです。 欲を出しすぎているのだと思うが、これらは広報のために作り置いてあるブログです。 今月に入って「表GEN研究会ph」という会を立ち上げました。これへの会員募集を、写真学校のときの広... ...続きを見る

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2017/04/24 08:27
徒然にっき-15-
徒然にっき-15- 今日は4月1日、エイプリルフールといっても嘘が書けない。 嘘が書けないという嘘をついて、本当を装っている気がします。 もう年をここまで取ってしまうと、本当と嘘が区別できないと思ってしまう。 まあ、だいたい、嘘ばっかりというのが世の中みたいな気がします。 嘘で塗り絡めて張りぼてにして、あたかも本当のようにふるまう。 哀しいけれど、そんな人をたくさん見てしまいます。 じゃあ、自分はどうだと問われて、自分は違うなんて言えない。 ...続きを見る

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2017/04/01 17:39
徒然にっき-14-
徒然にっき-14- フォトハウス写真研究会なるものを立ち上げようとして動いています。 ここ数日はそのことで時間を費やしているなぁ、といま思います。 4月9日の日曜日が創立の研究会開催、箕面のスペースです。 紆余曲折といえば紆余曲折です。 可能性を求めて、組み合わさってきて、ここにいます。 個人の名前は控えますが、旧知の彼には、背中を押してもらえた。 京都、大阪、神戸、紆余曲折、立ち上げは箕面に行きつきました。 ...続きを見る

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2017/03/18 09:20
徒然にっき-13-
徒然にっき-13- それは昨日2017.3.10のことでした、写真に写っている稲垣氏と一緒でした。 強制代執行の違法性を求めての裁判に行ったところですが、このバス。 修理に出すというので西淀川区のふそーの工場へ持っていくのにつきあった。 西淀川郵便局がありマクドナルドがありました。 もう二十年以上も前になる、ここで退職したのでしたが。 その時のことが、いっきに思い出されてきて、良も悪くも混在でしたが。 思い出とは、思い出を思い起こすとは、こういうことなのだと思った。 ...続きを見る

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2017/03/11 16:51
徒然にっき-12-
徒然にっき-12- その先が、まだ無限にあるようにも感じていた日々があった。 それが今、過ぎてきた年月がすでに九割くらいで残り一割。 具体的に書くと、産まれて70年が過ぎて、残りはあと10年だと。 うろたえます、切羽詰まり感、どうしたらいいのか、うろたえる。 肝っ玉小さいな、つくづく実感、迫力ないよな、自分の生き方。 昨夜、稲垣氏に接していて、彼は強がりだから、折れるなよ、と。 ぽきっと折れそうな気がするから、お互いに、気をつけよう、と。 ...続きを見る

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2017/03/02 07:11
徒然にっき-11-
徒然にっき-11- 二月は逃げるという諺がありますね。 2月というのは、やっぱり過ぎるのが早い。 もう、今日は25日、天神さん、梅花祭ですね。 午後から天神さんへ行ってみようかとも思います。 梅花祭は幕が張られて外から内部が見えません。 千円いくらか払って入ると、上七軒の芸子さんがお茶接待。 ぼくは、お金を払わないから、見れません。 ...続きを見る

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2017/02/25 11:35
徒然にっき-10-
徒然にっき-10- 人生やり直ししたい、ほぼ本気でこのフレーズが言葉になって出てきてる。 やり直しができたら、もっともっとやりたいこと楽しいことを、思う存分やりたい。 おとといだったか、嵯峨へ行こうと思って、行ってみて、嵯峨天皇陵に登った。 そんなに山の上にあるとは思っていなかったから、登り始めたのだったが。 このまえに大覚寺の周辺まで行って、名古曽の瀧跡って石組みを見てきた。 その延長上で、今回の天皇陵行きになったのだと思う。 嵯峨を訪れるのは昨秋から数えて三度目だ。 ...続きを見る

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2017/02/18 10:13
徒然にっき-9-
徒然にっき-9- まるで崩壊感覚です。 寒い日、ガラス戸がガタガタと音をたてています。 どうしたことか、虚しいような寂しいような老人性鬱なのか。 小説をいくつか書いているけれど、慰めみたいなものです。 あなたは、いま、なにを思い、なにをしようとしているのですか。 もう糸が切れてしまったから、お会いすることもないんでしょうね。 冬、寒い日、日曜美術館で長谷川等伯の足跡をやっていました。 ...続きを見る

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2017/02/13 13:12
徒然にっき-8-
徒然にっき-8- 節分が終わり今日は立春。 光が春めいてきています。 一昨日は節分取材に出かけてきました。 写真を撮ったけれど、まだアップしただけでセレクトしていません。 ここに載せたのはスマホで撮った椥神社の御神楽です。 もう毎年の事、節分のときにはここへ来て御神楽を撮らせてもらう。 舞われる人も鉦太鼓の人ももう顔を覚えていておなじみです。 ...続きを見る

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2017/02/04 10:57
徒然にっき-7-
徒然にっき-7- 2017年の1月が終わります。 もたもたしながらの日々ですが、1月が終わります。 朝からデーターを整理を、ハードディスクの中を整理してました。 データーの大多数が写真データーです。 ハードディスクに置いているけど、使うことが無いですね。 といって消してしまうことも気持ちの上でできないでいます。 といいながら何年も前の古いデーターはすでになくなっていますが。 ...続きを見る

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2017/01/31 14:07
徒然にっき-6-
徒然にっき-6- 何処へ行って、何を書こうかと、うろうろ徘徊しています。 日曜日の朝、寒い朝、ラジオは美空ひばりのマドロスさん。 懐かしい、昔々、といっても60年ほど前になるのか。 老年になったものだ、つくづく自分の歳を思ってしまう。 写真を一枚載せていますが、このブログでどう見えるのか。 昨日、星が丘洋裁学校って所へ行かせてもらって撮った一枚。 うんうん、女子たちが写真の被写体にするイメージ満点の場所。 ...続きを見る

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2017/01/22 09:03
徒然にっき-4-
徒然にっき-4- もう長年の知りあい、稲垣さんの応援というか、支援というか。 彼が孤軍奮闘、組合と炊き出しの会を運営している姿に感動します。 おととい、裁判傍聴に動員がかけられ、センターからバスに乗る。 裁判のなかみには触れないが、勢力的に裁判闘争を続けています。 原告として裁判に持ち込むわけですが、弁護士、弁護団がいるわけです。 ぼくはそのまわりで、傍聴に行くひとりにすぎません。 その彼が、昨年から病気と闘っている姿をみて、感動的に応援します。 ...続きを見る

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2017/01/19 10:49
徒然にっき-3-
徒然にっき-3- 土曜日の朝、もたもたと、午前中の時間、なにをしておこうかと、迷う。 結局、ここへ来て、徒然にっき、を書こうと思って、書き出したところ。 これまでの、気になることが、ちらちらと脳裏にきらめいてきます。 でも、それらの光景を紐解いて、記述していくことは、ここではできない。 この文章は公開しています。 なにもかも公開できるほど、単純な生き方をしていないから、秘密。 秘密は持たない方がいいと思うけれど、誰にも言えないことも多々。 ...続きを見る

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2017/01/14 09:41
徒然にっき-2-
徒然にっき-2- 正月も終わり1月8日、日曜日、雨が降っています。 朝からもたもた、もう昼の時間になってしまいました。 文学・小説のはなしで、漱石や堀辰雄などのことを書きました。 文学の論ではなくて、雑文、自分のj記憶をたどっている感じ。 これらの行為は、自分のためにやっているんだな、と思う。 世間の流れに合わせる必要もなく、自分流でいいんでしょうね。 それしか言いようがないきがします。 ...続きを見る

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2017/01/08 12:31

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