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zoom RSS テーマ「徒然」のブログ記事

みんなの「徒然」ブログ


徒然にっき-18-

2017/05/24 09:31
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今日はこの前文字さんと一緒に行った耳成山口神社の写真を使いました。
昨年からの宿題といえばいいのか、大和三山巡りの二番目です。
どうしてだか、写真の被写体に、旅気分で出かけた場所を撮ってみます。
それほどインパクトある写真でもないが、思い入れがでる写真ですね。
なにしてることか、自分で自分の行為を、理屈づけできないでいます。
理屈づけできないのは、写真を撮ることだけじゃなくて、ほかにも及びます。
パソコンに向かって、文章書いたりするけど、なんでするんやろ、と。

このブログは、文章を主体にして記録しているブログです。
でも、ひと頃のような、論理じみた文章にならない、支離滅裂な感がします。
なにしてるこっちゃ、なにしてるん、なんでぇ、こんなことしてるん。
わけもなく、わからないことだらけで、どうしたものかと、憂鬱になります。
学びの枠組みを提案して、それを実現させるとしても、その意味が掴めない。
いや、本当は理屈ずけることは、結構やってるのに、それが虚しくなるのです。
朝から、もたもた、パソコンをメンテナンス中だけど、よくわからない。

過去の栄光にすがるなんて、とってもばかげたことだと思うんです。
いま、なにを、しているのか、これが重要なポイントで、現役でないと意味ない。
じゃあ、いま、なにをしているjのかと自問して、恥ずかしいことばかりしてる。
プライベートなこと、性癖というか、生理的なことだけど、老体をどう認知するか。
頭も、肉体も、衰えてきているのに、妄想は衰えていかないようです。
壮年から老年へ、からだの変化といえばいいのか、そうかも知れない。
感覚が変わってくる、頭の中で、見えるモノが変わってくる、これは変化です。


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徒然にっき-17-

2017/05/06 15:13
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写真の先輩大八木さんと撮影会した天神さんの縁日記念を張っておきます。
ぼくがカメラを持って写真を始めた最初のころに所属した光影会にいらした人。
もう八年も前だが、DOTで再会、それから光影会の例会と撮影会にいく。
光影会は京都シュピーゲルという名称が変更になった写真倶楽部でした。
いま思うと関西写真史のメインストリートではあった、血統書付です。
当時からの生き残りの先輩といえば、いまや現役では、大八木さんです。
1977年、ぼくは、光影会と全日写連と関西二科会の三組織の会員でした。

今年の初めに、この光影会が実質上解散しました。
それはそれでよかったと思いますが、ぼくの中では継承しています。
ちょうどその後になって4月「表GEN研究会ph」という名称になったグループ。
関西の写真の歴史の血筋を引いた集団として、ぼくは認知しています。
岩宮武二氏、棚橋紫水氏、木村勝正氏、達栄作さんらは先輩になります。
ぼくが1970年代の中盤に、写真を学んだ器の出発点がここにあります。
その後、反発して釜ヶ崎へ行く後に、インディペンデント系と出会います。

1980年代からはじまった関西の写真シーンにコミットしてきて35年以上になる。
伝統的写真倶楽部の系譜を引き受け、新しい潮流を創ったメンバーとして。
フォトハウスを継続し、写真図書館、表大、IMI、京都写真学校のメンバー。
いま、それらの統合を、ぼくは新たな企画で、新しい潮流をつくります。
総合文化研究所、むくむく通信社、それを支える考え方に基づいていきます。
新たな企画は、それらの組み合わせということになるかと思います。
新しい場つくりは、カフェ&プレス構想をアレンジでいいいのではないか、と。

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徒然にっき-16-

2017/04/24 08:27
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いま実名を使っているブログの数が20個ほどあるなかで、ここがメインだと思っています。でも、ここでは文章を、三段と決めていて、これがけっこう億劫になっています。作成するのに時間がかかる、ということもあるけれど、何を書こうかと迷うからです。写真だけのブログがけっこうあって、そこへも最近はアップできていないです。
欲を出しすぎているのだと思うが、これらは広報のために作り置いてあるブログです。
今月に入って「表GEN研究会ph」という会を立ち上げました。これへの会員募集を、写真学校のときの広報手段を使って、やりだしています。

なんだかんだといっても、お金を使わないで広報しようというのだから、これしかない。ブログを駆使して、ぼくの考え、思い、などを順次まとめていく作業をしている。自分のための、といえばその傾向があって、自分の資料として構築しているんだな、と。けっきょく、ひとりよがり、自己中っていうんですね、自己中心でしかなくて、成果があがらない。いっぽうで、実名をださずにペンネームで書いているブログもあるわけで、これがメインかも。小説を書いていきたいと思って、自己中な小説を書いていて、全体妄想のなかにいる。総合文化研究からはじまって、エロス試行まで、幅をひろげてしまって、収拾がつかない。

いつも、何してるこっちゃ、と懐疑心にさいなまれていて、正常じゃない意識だと思う。この正常じゃないと思うところに、実は正統派思想家の源流みたいなのがあるんかも。阿部公房の「燃えつきた地図」を書架から取り出して、奥付をみたら1967年発行です。今回のプロジェクト名付け親の白川さんとの会話で出てきた本です。今更ながら、燃えつきた地図、いまのぼくには、何度も燃やしてしまったあとの地図。新たな地図を描き始めた、と思いたい、ああ、もう、最後の地図作成だな、と思います。今日使った写真は、21日にメンバーの三人展を見に行ったときのスナップです。



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徒然にっき-15-

2017/04/01 17:39
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今日は4月1日、エイプリルフールといっても嘘が書けない。
嘘が書けないという嘘をついて、本当を装っている気がします。
もう年をここまで取ってしまうと、本当と嘘が区別できないと思ってしまう。
まあ、だいたい、嘘ばっかりというのが世の中みたいな気がします。
嘘で塗り絡めて張りぼてにして、あたかも本当のようにふるまう。
哀しいけれど、そんな人をたくさん見てしまいます。
じゃあ、自分はどうだと問われて、自分は違うなんて言えない。

人間って、自分を正当化しようと思うんですね。
まんざら嘘ではないとしても誇張して人より優位に立とうとする。
なんだか駆け引きの世界で、ほかのことがよく見えて、けなしたくなる。
まあ、まだまだ俗人であることを、思い知ります。
でもこのままじゃ、終わるに終われないじゃないですか。
あまりにも自分がみじめに思えてくるじゃないですか。
だまされたとは思っていないけど、それによく似たことだと思うのです。

久しぶりに嵯峨野の野々宮界隈へ行って写真を撮りました、
われながら、何してるんやろ、と思いながらのスナップです。
そもそものその行為が一体何なのかということも考えてしまうんです。
いやはや矛盾だらけ、説明がつかない、そうしたことか。
文字さんと、いろいろ話をしていると、自分の思い込みが正しくないとも思う。
何が正しくて、何が虚偽なのか、それは本人だけが知ることなのです。
なにかしら、うんざりしてしまう今日この頃です。

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徒然にっき-14-

2017/03/18 09:20
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フォトハウス写真研究会なるものを立ち上げようとして動いています。
ここ数日はそのことで時間を費やしているなぁ、といま思います。
4月9日の日曜日が創立の研究会開催、箕面のスペースです。
紆余曲折といえば紆余曲折です。
可能性を求めて、組み合わさってきて、ここにいます。
個人の名前は控えますが、旧知の彼には、背中を押してもらえた。
京都、大阪、神戸、紆余曲折、立ち上げは箕面に行きつきました。

あらためて、これまでの経験値を総合して、場つくりをします。
フォトハウスの前には釜ヶ崎で季刊誌を「季刊釜ヶ崎」を編集。
そのころに「映像情報」を編集、東松照明さんと巡り合う。
東松さんとのセッションから「フォトハウス」の構想が生まれてきます。
1984年、フォトハウス立ち上げ、フォトワークショップを開催します。
もうひとつの流れは写真図書館につながる流れでした。
その後、京都写真学校を岡田さんと共同で、10年やりました。

結局、人との関係の中で作ってきたシステムでした。
この、人との関係ということをベースに置いて、作っていきます。
なによりも有名になることではなくて、自分への満足、でしょうか。
生きている喜びの実感みたいな、それが体感できるシステムです。
総合文化研究、むくむく通信社、アグリネット、それらの総合態です。
ぼくに残された時間は10年と想定しています。
悪夢委から覚めた感じで、がんばっていきたいと思っています。


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徒然にっき-13-

2017/03/11 16:51
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それは昨日2017.3.10のことでした、写真に写っている稲垣氏と一緒でした。
強制代執行の違法性を求めての裁判に行ったところですが、このバス。
修理に出すというので西淀川区のふそーの工場へ持っていくのにつきあった。
西淀川郵便局がありマクドナルドがありました。
もう二十年以上も前になる、ここで退職したのでしたが。
その時のことが、いっきに思い出されてきて、良も悪くも混在でしたが。
思い出とは、思い出を思い起こすとは、こういうことなのだと思った。

裏が読めるというのは、その当時に養った知見と経験なのかも知れない。
官民癒着の構造が、たぶん、この小学校開校の背景にあると思う。
そんなことに近いこと、そこで見てきたような気がしています。
まあ、そんなこと、どうでもいいけど、善良な市民をだましちゃいけないな。
一気にきな臭い様態が浮上してきているように思えます。
写真研究会を立ち上げます、意地でここまで来た感じがしています。
最後の企画かも知れないと思って、慎重に進めていきたいところです。

なんだろうね、釜ヶ崎というところに関わる自分のことですが。
一番底辺な場所として、これは経済の枠組みにおいて、虐げられる立場。
そこに関わったという自分の資質について、なんなんだろうな、と思う。
家庭的に庶民として底辺に生きていたことが、そこへ傾斜した理由であろうか。
反体制の側に立った自分のことを追憶していっても、明確でない。
生まれ育った土地柄というのがあるのかもしれない。
生まれ育った環境が、西陣の端の異端者的立場に置かれていた感覚なのかも。



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徒然にっき-12-

2017/03/02 07:11
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その先が、まだ無限にあるようにも感じていた日々があった。
それが今、過ぎてきた年月がすでに九割くらいで残り一割。
具体的に書くと、産まれて70年が過ぎて、残りはあと10年だと。
うろたえます、切羽詰まり感、どうしたらいいのか、うろたえる。
肝っ玉小さいな、つくづく実感、迫力ないよな、自分の生き方。
昨夜、稲垣氏に接していて、彼は強がりだから、折れるなよ、と。
ぽきっと折れそうな気がするから、お互いに、気をつけよう、と。

気をつけるといっても、どうしたらいいのか、わからない。
あのお別れから一年、その方が共にいた処から離れて半年。
つぎの場つくりに、気持ちが乗ってきたところだと思える。
ひとは、このことを、立ち直り、甦りだ、というと思うんだ。
かまやつがなくなった、とラジオでいま言っている、78才だとか。
最近、死亡ニュースが奇妙に気に引っかかる。
でも、まだ、自分の時に置き換えることが、実感できない。

この歳になると、たいがい病を抱えている奴が多い。
ぼくの近辺で、親しくしている文字さん、稲垣さん。
自分は精神の病かも知れない、とおもうところです。
物心ついたころからの寂しさ気持ちが再燃している。
でも、たかが、知れてる、まだまだ、これから、ひと踏ん張り。
自分を信じて、信じた道を、進めていく、これでいくしかない。




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徒然にっき-11-

2017/02/25 11:35
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二月は逃げるという諺がありますね。
2月というのは、やっぱり過ぎるのが早い。
もう、今日は25日、天神さん、梅花祭ですね。
午後から天神さんへ行ってみようかとも思います。
梅花祭は幕が張られて外から内部が見えません。
千円いくらか払って入ると、上七軒の芸子さんがお茶接待。
ぼくは、お金を払わないから、見れません。

なんでも金のいることばかりで、これには反発しています。
結局この世は金次第、お金があれば何でもできる。
こういう風潮を払拭して、金がなくてもなんかできる。
まあ、お金がない、いや全くないわけではないけど、無い。
昨日は、釜ヶ崎労働者の裁判、仕事先で暴行された訴えでした。
高等裁判所で、控訴審、相手方が控訴してきて、次回、判決とか。
弱い者が勝つ、とは限らなくて、強い者が勝つ、これが風潮ですが。

フォトハウス写真研究会という名称で、次の展開を図ろうと思っています。
思ってみれば、枠組みがないから枠組みを作っていくということ。
でもこれは類似の枠組みがあって、そのなかみをどうするか、ですね。
自分では正しいと思うことが、一般ではそうでないことがままあります。
フォトハウスの企画も、そういうことかも知れないと思うけど、そうではない。
なにかクリエイティブなことやっていないといけない性格なのか。
でも、もう、最後だろうな、と思う事ばかりだけど、恍惚と不安と、なんて。

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徒然にっき-10-

2017/02/18 10:13
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人生やり直ししたい、ほぼ本気でこのフレーズが言葉になって出てきてる。
やり直しができたら、もっともっとやりたいこと楽しいことを、思う存分やりたい。
おとといだったか、嵯峨へ行こうと思って、行ってみて、嵯峨天皇陵に登った。
そんなに山の上にあるとは思っていなかったから、登り始めたのだったが。
このまえに大覚寺の周辺まで行って、名古曽の瀧跡って石組みを見てきた。
その延長上で、今回の天皇陵行きになったのだと思う。
嵯峨を訪れるのは昨秋から数えて三度目だ。

そこには人生やり直ししたい原点のところがあるように思えるのだ。
最近どこかで書いたけど、嵯峨名古曽町という地名についての記憶からだ。
ことの発端は、この地名にあって、そこはある人が住んでいた場所だと聞いた。
長澤氏との話で、FJの話題から、名古曽はFJではなくて嵯峨天皇の住居だと聞いた。
そうかそうかと納得したところで、最近になって、現地を見に行った。
嵯峨名古曽町は半世紀前、夜に、一度行ったところで、地名だけ記憶にあった。
17歳のときですね、高校二年生の冬になっていたかと思う。

FJというのは文芸部にいた女子のうちのひとり、なにかしら訳ありなような子でした。
嵯峨野高校だったから、広沢の池から大沢の池、嵯峨の方へはよく行ったものだ。
広沢の池でボートに乗ったり、山へのぼったり、ああ、青春そのものだ。
そのへんから人生やり直せれば、現実に過ごしてきた人生なんて歩まない。
前向いて、時間が過ぎる向こうを見て、走ってきたけど、いま立ち止まる。
立ち止まったところは、もう、行き詰まりのどんつき、行き止まり、そこにある。
これかもしれない、鬱的症状の原因、どんつまりであることを悟るからだろうか。




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徒然にっき-9-

2017/02/13 13:12
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まるで崩壊感覚です。
寒い日、ガラス戸がガタガタと音をたてています。
どうしたことか、虚しいような寂しいような老人性鬱なのか。
小説をいくつか書いているけれど、慰めみたいなものです。
あなたは、いま、なにを思い、なにをしようとしているのですか。
もう糸が切れてしまったから、お会いすることもないんでしょうね。
冬、寒い日、日曜美術館で長谷川等伯の足跡をやっていました。

堕落論、文庫本、手元に置いていますが、読めません。
パソコンの中身、整理しようと思うけど、なかなか進めません。
身の周りの書類とか、書籍とか、持ち物の整理、これも進まない。
袋に詰めてゴミに出す、少しは減っても、捨てきれないものばかり。
この先、どうしようかと思うところ、部屋の中、記憶ばかりです。
記憶がなくなったら、もうおしまいだとは思うけど、なにを頼りに生きるのか。
路上生活者のことテレビに映っていたけど、虚しいね、その光景。

流動的に、なるようにしかならないのだから、成り行き任せです。
そうすると何もことが運ばないのだけれど、自然の理で、運ぶ時は運ぶ。
そう思って、無理には走らせることもないのかも知れない。
このことが虚しい気持ちにさせてくるのかも知れません。
中学の同窓会、その打ち合わせに行った。
それぞれに人生を背負ってきて、いま、ここに、いる、感じですね。
遠い昔、とはいっても生きた時間の中の昔、思い出しながらの小説です。

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タイトル 日 時
徒然にっき-8-
徒然にっき-8- 節分が終わり今日は立春。 光が春めいてきています。 一昨日は節分取材に出かけてきました。 写真を撮ったけれど、まだアップしただけでセレクトしていません。 ここに載せたのはスマホで撮った椥神社の御神楽です。 もう毎年の事、節分のときにはここへ来て御神楽を撮らせてもらう。 舞われる人も鉦太鼓の人ももう顔を覚えていておなじみです。 ...続きを見る

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2017/02/04 10:57
徒然にっき-7-
徒然にっき-7- 2017年の1月が終わります。 もたもたしながらの日々ですが、1月が終わります。 朝からデーターを整理を、ハードディスクの中を整理してました。 データーの大多数が写真データーです。 ハードディスクに置いているけど、使うことが無いですね。 といって消してしまうことも気持ちの上でできないでいます。 といいながら何年も前の古いデーターはすでになくなっていますが。 ...続きを見る

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2017/01/31 14:07
徒然にっき-6-
徒然にっき-6- 何処へ行って、何を書こうかと、うろうろ徘徊しています。 日曜日の朝、寒い朝、ラジオは美空ひばりのマドロスさん。 懐かしい、昔々、といっても60年ほど前になるのか。 老年になったものだ、つくづく自分の歳を思ってしまう。 写真を一枚載せていますが、このブログでどう見えるのか。 昨日、星が丘洋裁学校って所へ行かせてもらって撮った一枚。 うんうん、女子たちが写真の被写体にするイメージ満点の場所。 ...続きを見る

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2017/01/22 09:03
徒然にっき-4-
徒然にっき-4- もう長年の知りあい、稲垣さんの応援というか、支援というか。 彼が孤軍奮闘、組合と炊き出しの会を運営している姿に感動します。 おととい、裁判傍聴に動員がかけられ、センターからバスに乗る。 裁判のなかみには触れないが、勢力的に裁判闘争を続けています。 原告として裁判に持ち込むわけですが、弁護士、弁護団がいるわけです。 ぼくはそのまわりで、傍聴に行くひとりにすぎません。 その彼が、昨年から病気と闘っている姿をみて、感動的に応援します。 ...続きを見る

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2017/01/19 10:49
徒然にっき-3-
徒然にっき-3- 土曜日の朝、もたもたと、午前中の時間、なにをしておこうかと、迷う。 結局、ここへ来て、徒然にっき、を書こうと思って、書き出したところ。 これまでの、気になることが、ちらちらと脳裏にきらめいてきます。 でも、それらの光景を紐解いて、記述していくことは、ここではできない。 この文章は公開しています。 なにもかも公開できるほど、単純な生き方をしていないから、秘密。 秘密は持たない方がいいと思うけれど、誰にも言えないことも多々。 ...続きを見る

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2017/01/14 09:41
徒然にっき-2-
徒然にっき-2- 正月も終わり1月8日、日曜日、雨が降っています。 朝からもたもた、もう昼の時間になってしまいました。 文学・小説のはなしで、漱石や堀辰雄などのことを書きました。 文学の論ではなくて、雑文、自分のj記憶をたどっている感じ。 これらの行為は、自分のためにやっているんだな、と思う。 世間の流れに合わせる必要もなく、自分流でいいんでしょうね。 それしか言いようがないきがします。 ...続きを見る

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2017/01/08 12:31
徒然にっき-1-
徒然にっき-1- 西暦2017年、平成29年、歳の初め、今日は元旦です。 あれこれ、昨年は50数年ぶり、心の災難だったと思っています。 今年は、これまであった関係を終えて、新しい関係を創りたい。 もう、あと10年くらいしか時間がない、との思いがあります。 年齢70を越えてしまった自分がいます。 周辺大方の男子、その寿命が80歳前半のようです。 ...続きを見る

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2017/01/01 14:44
つれづれに-8-
つれづれに-8- 今年の反省をしとかなくちゃいけないな。 最悪だと思える一年だったと、朝から思っています。 一月の初めから、壊れていくことでしかなくて、一年が終わります。 こんな年、古希を迎えたという、身体的なこともあるのだろうけれど。 心的に、つらいことが続いたと思えます。 高揚していくときには阻まれ、袋小路に追い込まれ、フリーとなった。 ...続きを見る

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2016/12/18 09:36
つれづれに-3-
つれづれに-3- 2016.10.14、文字さんとキトラ古墳へ行き、そこから壺阪寺へ行き、写真はそこで撮ったもの。 この先、どうしたらいいのかと想いあぐねていたところでしたが、希望の星が見えてきた。 ギャラリー176の運営主体となっている友長氏と、昨日9/22、話をすることができました。 彼はIMIで学ばれたメンバーで、そのクオリティーをイメージ的につかめる人だと思えます。 結局、かってIMIお初期で学ばれたメンバーが、ゆるやかに群として見えてきたところです。 新しい塾をつくれないか、そのための... ...続きを見る

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2016/10/23 06:48
つれづれに-2-
つれづれに-2- 2016年10月13日、これが本日の日付、この先、どうしようかと。 昨日、iPhoneをやめて、別のにしました、あんまり変わらないな。 これで写真を撮るのをやめようと思うが、インスタグラムを使った。 写真集で風景論を発行していたが、中断することにした。 8号まで発行したけれど、止めろと言われて、止めようと思う。 この先、どうすればいいのか、本当に迷っています。 Xperiaという機種で、グーグルがやっている。 ...続きを見る

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2016/10/13 09:59
つれづれに-1-
つれづれに-1- 新しいシリーズでタイトルは「つれづれに」です。 写真は最新のモノを使おうと思ってます。 文章は、そのつど、思うことを書き記していこうと思います。 かなり本音で、そのとき直面している気持ちを記していきたい。 というのも、内面の記録として残しておきたいとおもうからです。 もうええかっこなんてしていても空しいばかりでしやないです。 そうおもっていても、本心が言える、書けるということでもありませんが。 ...続きを見る

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2016/10/04 10:02
日々20160930
日々20160930 なにかしら恥ずかしいことをしているような気持ちになります。 おとといの写真講座で図書館での仕事がおわりました。 昨日は、陶芸教室へ、久しぶりに行かせてもらいました。 かれこれ10年、それほど上達してないけど、器はたくさん。 今日は朝から、静かな気分でしたが、いま、乱れています。 音楽はピアノ三重奏曲「大公」とでています、ベートーベン? ...続きを見る

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2016/09/30 08:56
日々160926
日々160926 これまで写真で培ってきた関係がすべて終わったということだ。 図書館も、写真学校も、ぼく自身としてはここで終わりということだ。 新たな関係を求めて、つぎを模索していかないといけない、と思う。 淋しいと言えば淋しい気持ちが込み上がってきます。 空しいと言えば空しい気持ちになってきます。 いったん全てを終える、失う気持ちですが、ぼくの方も悪い。 ...続きを見る

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2016/09/26 09:30
日々190619
日々190619 心の中で区切りをつけ、電話でその旨を伝えて、清々しました。 終わって始まる、つまり詰まってきて、終わって始まる。 もう気持ちの後戻りはないと思う。 理事を辞めてもいい、むしろ辞めて清々したい。 過去を一掃する、粛正される、自分で粛正する。 とやかくはいわない、今月で終わりにしようと思う。 ...続きを見る

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2016/09/19 16:34
日々160909
日々160909 ここでは本音でこころの内を書き記しておくのがいいのかも知れない。 先週から今週にかけて、身の振り方が大きく変わってきたと思ってる。 図書館、表現大学からの、身の引き方、ということです。 そこでの講師として認められないのは辛い気持ちがまずある。 自分では自負があり、写真表現についての新しい見解もある。 それに基づいて、それを実現しようとして、写真を撮っているところ。 それはそれとしても、主宰者とこれ以上続けるのは、気持ちが乗らない。 ...続きを見る

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2016/09/09 09:33
日々160902
日々160902 そんなに親しかったわけではなかったがご近所のご婦人の訃報があった。 町内からの案内ですが今夜が通夜、明日が葬儀、という段取りらしい。 と思っていたら幸福の科学という小冊子が、今朝、ポストに入っていた。 町内の回覧では、運動会の食券販売の予約表が回覧されている。 そのうち、ものみの塔を配布されているおばあさんが、来るだろう。 なにやら、私生活というレベルで、細々としたことが日常としてある。 ...続きを見る

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2016/09/02 08:01
日々160819
日々160819 このまえ、水上勉の京都を歩く、という本を買ったんです。 今日、クーラーの効く場所で、この本をざっくりと読みました。 水上文学といえばいいのか、小説の舞台が京都、遊郭、花街。 女を描き男を描き、時代は昭和半ば以前の、つまり水上の体験談。 身につまされること多々あります、舞台といい、内容といい。 ちょうどぼくの父の世代です、大正九年生まれだと記されています。 でも、どうして女は五番町であったり島原であったりなのでしょうね。 ...続きを見る

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2016/08/19 17:08
日々160814
日々160814 慌ただしく日々が過ぎていく感じがして、今日は8月14日です。 お盆の真っ最中、今日は町内の地蔵盆、明日までです。 昨日は昨日で墓参り、今日はぼくの家の墓に行ってお掃除。 祭礼は17日に行なうと通知が来ていて、出かけるつもりです。 法華宗の本法寺、尊陽院に属しているところです。 本阿弥気の墓があり、長谷川等伯ゆかりの寺、ということです。 ぼく自身は、全くの平たい地平に、気持ちも身体も、置いているつもり。 ...続きを見る

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2016/08/14 16:30
日々160801
日々160801 先週、谷崎潤一郎記念館へ赴きました。 待望の、というか、漸く、というか、念願の、です。 特に谷崎のフアンということでもないのですが、気になる。 谷崎の全集を予約で買ったのが50年ほど前です。 生誕130年、没後50年という節目の年だといいます。 念願の記念館へ行って、見学して、谷崎の机を写真にした。 谷崎の文学には、折に触れ、読んだり、見たり、してきました。 ...続きを見る

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2016/08/01 15:09
日々160721
日々160721 先に記憶の記録と題した文を書いていたんですが、これはそれのあとです。 今日は写真の夜間コースがあって、出発までの時間がいまです。 あとに予定があると、気持ちが落ち着かなくて、浮ついてしまいます。 ストック画像から選び出したのは、高橋の「憂鬱なる党派」単行本です。 もう、遠い記憶のさなかから、浮かび上がってくる自分へのイメージ。 ぼくが釜ヶ崎へ行く、かなり前、西村という主人公の行き着く先が釜ヶ崎。 釜ヶ崎で写真を撮りながら、高橋の描く西村という男のイメージを思った。 ...続きを見る

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2016/07/20 09:58
日々160713
日々160713 もう半世紀も前になってしまいますが、自分の二十歳のころです。 言語にとって美とは何か、という問いかけをした吉本隆明氏の著作です。 最近になって、ぼくには、新たな問題として、美とは何か、との問いが浮上。 言語にとって、写真にとって、芸術という概念のなかでの<美>とは何か。 なかなか、簡単そうで複雑な内容の概念というか、捉え方というか、です。 ...続きを見る

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2016/07/13 17:53
日々160630
日々160630 六月の末は夏越しの神事がおこなわれるという話題です。 茅の輪をくぐってお祓い、無病息災を祈願する、ということらしい。 それから水無月を食べる。 米粉のだんごみたいなうえに甘い小豆がしいてある三角の餅? これは雪に見立ててある食べ物、当時貴族は保存していた雪を食べた。 貴族ではない庶民は、雪に見立てて、水無月を食べた、とラジオで言ってた。 どうも理屈が多すぎる、その傾向がありますね、ぼくには、いけませんね。 ...続きを見る

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2016/06/30 07:50
つれづれに160527
つれづれに160527 最近、自分の過去を記述して残していこうと、記憶の記録を始めました。 その一環でコピーしたイメージのがこれ、わだつみ像が倒された残骸写真。 いまこのわだつみ像は平和ミュージアムに保存展示されていたと思います。 何年か前に、平和ミュージアムで再会しました。 ぼくにとってわだつみ像が、特別に思い入れある像というのではありません。 でも、このわだつみ像にまつわる話がいくつかあります。 いわくつきのわだつみ像、戦没学生を哀悼する記念像、であったと思います。 ...続きを見る

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2016/05/27 17:25
つれづれに160523
つれづれに160523 書棚に収めてある本の背表紙を眺めていて、共同幻想論、を手にした。 もう色褪せ、茶色になった背表紙、書棚から取り出し、なかを開いてみる。 記憶がよみがえってきますあたかもいま、チャイコのピアノ協奏曲が流れてる。 1968年12月5日初版発行となっていて、手元にあるのは初版です。 その年の春、ぼくは三年遅れで大学生になって、生き方に戸惑っていた。 学生のまわりは全共闘運動で、それぞれがそれぞれに参加不参加をする。 ぼくは、どちらかといえば野次馬、心情三派、文学青年気取りのような。... ...続きを見る

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2016/05/23 08:53
つれづれに160519
つれづれに160519 写真という道具に関わりだしてかれこれ40年になるかと思う。 1975年かな、大学を卒業して学費の代わりにカメラを買った。 その当時は、まだ文学に未練があった。 もう二十歳になっていたかも知れぬ、小説を書きたいと思っていた。 ペンと原稿用紙、夜な夜な、それに向かって書いていた。 反鎮魂という同人雑誌は大学の友、甲斐君がリーダーをとってくれた。 ...続きを見る

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2016/05/19 13:37
つれづれに160514
つれづれに160514 最近、直近、70歳の誕生日を迎えて、越えて、いま、何してるのか。 内面の動きは、あるイメージを追っていて、感情が伴い、感情がついてくる。 あるイメージは、次から次へと移りかわっていきます。 いまなら、この記事を書くために集中していて、何を書こうかと迷っている。 最近は、最初に写真ありきで、それに伴えて文章を書くようにしています。 写真と文章が補完関係になっているとは限らなくて、別々のものです。 ...続きを見る

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2016/05/14 08:55
つれづれに160504
つれづれに160504 五月の空、今日は青空、いいお天気です。 五月の連休中ですが、今日は図書館にきています。 このブログは、けっこう文章を多くしています。 でも、時と場合によっては、短めでいきたいと思います。 文章の目的がはっきりしなくて、何してることか、わからなくなる。 わけのわかったようなわからないような、そんな感じですから。 ちょっと一服といったところでしょうか。 ...続きを見る

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2016/05/04 16:38
つれづれに160426
つれづれに160426 京都の街が観光客であふれている。と思いしや、京都だけではなくて、大阪も、東京も、金沢も、各地で観光客が多いのです。悪いことではない、良いことの部類だと思います。観光ブームにわく京都。それだけじゃない、北陸新幹線が昨年開通したというので、金沢が大賑わいになっています。新幹線に乗るにはそれ相応のお金がかかるわけだけど、そんなもの、あるところにはあるんだから、それはそれでいい。 ...続きを見る

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2016/04/26 17:29
つれづれに160419
つれづれに160419 季節は春、今朝は雲一つない青空、少し寒いです。 灯油ストーブ、めんどいからやめようと思ってたけど、使っています。 音楽はベートーベン、交響曲、フルトベングラー指揮の第三番、英雄、エロイカ。 1953年に録音されたと記されているから60数年前ですか。 iTunes、アイチュンって言えばいいのか、パソコンで聴くプレーヤーで聴いています。 音楽はやっぱりベートーベン、ぼくは中学生のときの運命からはじまり、今に至ります。 そうゆうことでいえば文学は夏目漱石、文学の中でも小説のジャンル... ...続きを見る

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2016/04/19 06:57
つれづれに160402
つれづれに160402 怨念というか、縁というか、人間の情にまつわる話です。 人と人との関係について、とくに恋愛というジャンルですが。 ここで気になることは、恋愛ということで括られる情の交感のことです。 写真は縁切り縁結びをうたう穴です。 ...続きを見る

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2016/04/02 16:26
つれづれに160322
つれづれに160322 春の暖かさにともなって、心が浮いてくる感じがします。このまえ書いた文章がちょっと気に入ってなくて、四苦八苦なんて、あんまり考えないほうがいいな、と思っているところです。話は全くかわって、いま、パソコンにキーボードで入力しているんですけど、立ち上がりが遅い。微妙にサクサク感がない。そんなことで、気がそぐれてしまいます。ウインドウズ10、新しいバージョンです。それが、これまでよりも使いずらい感じなんです。これは、相性というものかもしれません。なんとなく、相性が悪い、のかもしれません。 ...続きを見る

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2016/03/22 15:09
つれづれに160307
つれづれに160307 生きるってことが四苦八苦というじゃありませんか。そのうちの四苦というのは生老病死というじゃありませんか。それに追加の四苦があって八苦となる、と辞典に書かれているんですね。ウイキペディアによると<四苦八苦(しくはっく)とは、仏教における苦の分類。 苦とは、「苦しみ」のことではなく「思うようにならない」ことを意味する。根本的な苦を生・老・病・死の四苦とし、 根本的な四つの思うがままにならないことに加え、愛別離苦(あいべつりく) - 愛する者と別離すること、怨憎会苦(おんぞうえく) - 怨み憎... ...続きを見る

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2016/03/07 16:20
つれづれに160216
つれづれに160216 この10年ほど、匿名で小説書きをしてきて、それなりに初期の目的も達成されたか、と。それらはぼく自身の、ネット時代の文学論の一環として書いてきたものでした。純文学ではない、大衆文学ではない、春画をもじって春小説、例えばプルーストのような。紀貫之がやったような、女性が春小説をかいていくことで、作家という人格を創ってみよう。そんなこんなで、春小説は、ポルノノベルといえる範疇で、リアルロマンノベルでした。にっかつロマンポルノ、その前にはパートカラー、いずれも映画館上映の映画群でした。 ...続きを見る

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2016/02/16 18:48
つれづれに160210
つれづれに160210 今年70歳になる、なんて思うと、ただ事ではないという気持ちになる。 過去が膨大にありすぎて、未来が少ししかない、切羽詰まり感ですかね。 大きな壁にぶつかって、まるで防火扉みたいに重たい感覚です。 なのに女子を好きになってしまう感覚が衰えないんですね。 これ、この感覚は、この年になっての発見といってよいです。 いや、年になって、その年と世間でいう年相応とのギャップです。 ...続きを見る

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2016/02/10 09:50
つれづれに160119
つれづれに160119 タイトルに日付をいれることにしました。 写真は、なか卯の朝ご飯セット、250円です。 今年になって2回も食べに生きました。 朝食だから、朝です。 ひところ200円だったのに、値上がりしたんです250円に。 目玉焼きとわかめの味噌汁、それに味付けのりがついています。 この日は、サービス券で小うどんがついてきました。 一人暮らしの練習、なんて笑い事ではなくて、そうなるかも知れぬ。 どうして生きたらいいのか、わからなくなってきます。 初々しい気持ちなんてもうなくなって、それな... ...続きを見る

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2016/01/19 18:07
つれづれに-6-
つれづれに-6- 五輪真弓、いま、スピーカーからその歌声が流れてきています。 なつかしい、なんだろ? よく聴いた、1980年ごろ、まだレコードでした。 30年ぶり、一気に記憶がその時代へ、引き戻されます。 朝に、稲垣さんから電話があって、福島みずほさんが釜へ来る。 来るから写真取材できないか、との話があって、躊躇したが行くことに。 写真の講座の方は、けっきょく、今日、明日と立ち会いをあきらめた。 釜ヶ崎は一方で越冬闘争期間で、フェースブックに記事が載っています。 稲垣さんレベルは、そことは違... ...続きを見る

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2016/01/09 10:52
つれづれに-5-
つれづれに-5- 新年、あけましておめでとうございます。 という挨拶を、誰にするというのか、あまり挨拶しませんね。 ここら辺、ブログの書き出しに使ったり、慣用語ですね。 ハイドンの交響曲をかけ出しました、珍しいでしょ? いつもはベートーベンの交響曲が多いけど、たまに違うの聴きます。 チャイコフスキーの交響曲を少し聴いて、ハイドンへやってきた。 最近はオーケストラ演奏の音楽を聴くことがが多いです。 ひところはピアノの曲も重くて、繊細なバイオリンに傾斜していたけど。 変わるんですね、その時々の体調... ...続きを見る

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2016/01/01 14:02
つれづれに-4-
つれづれに-4- 大晦日になりました、暖かい日、晴れています。 朝から、ピアノの周りを掃除しているところです。 手を動かしていると、頭の中は別のことを考えています。 もう半世紀以上も前になるのか、高校一年生の時の大晦日。 なんだったんでしょうね、自転車に乗って、夜の道を走っていました。 ゆっくり、ゆっくり、太秦とか嵐山の近くとか、高校が嵯峨野。 好きな女子がいて、それは帷子ノ辻近くのうどん屋の子でした。 たぶん、会いたくて、その近くへ行っていたように思う。 そのときの気持ちが、よみがえって... ...続きを見る

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2015/12/31 10:12
つれづれに-3-
つれづれに-3- 年末になりました、今日は25日、クリスマス、それに天神さんの日。 もたもたと、家の中で、過ごしています。 音楽は、ただいまベートーベンの運命、第五番です。 聴き慣れた、懐かしい、10代の頃のことがよみがえります。 メールを送り返そうか、どうしょうか、迷っているところです。 今年は、いろいろ、変化があった年でした。 そのなかでも、いちばん気になったことは、これは書けない。 写真のテーマが、変わってきています、京都は終わった。 その次が出てこないけれど、もう終わったと思ってい... ...続きを見る

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2015/12/25 10:08
つれづれに-2-
つれづれに-2- パソコン環境を新しくしています。 もう5年前に入れたパソコンを最新にするためです。 それからアイフォンを購入して使っています。 なんだか、道具類を最新にするだけで、自分が変わる。 iPhoneを掌にして電車のなかで写真を撮って、SNSにアップ。 そのライブ感に、新しい時代を感じます。 ちょうどいい機会でした。 アルバムもニコン、キャノンから、グーグルとかに変えています。 iPhoneのカメラから、色変換したり、サイズ変換したりで、作品作りです。 模索中、なにはなんだかわ... ...続きを見る

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2015/12/13 15:47
つれづれに-1-
金沢の奥の二俣というところに「いわな茶屋」という料理屋があります。 山の魚イワナを養殖されていて、それを料理して食べさせてもらえる。 もう20年以上も前に、とおちゃんに連れていってもらって以来、行きました。 以前は小屋茶屋というイメージでしたが、立派な造りになっていました。 最初にイワナの刺身が大皿に並べられて出てきました。 海の魚に慣れたひとは、川魚は苦手というひとが多いようです。 でも、ぼくは、泥臭くっても、それがいい、苦にならない。 まあ、なんでも食べる、好き嫌いはあ... ...続きを見る

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2015/11/30 09:59
日記-3-
アイフォンを持って散歩に出て写真を撮る。 けっきょく、京都シリーズの反復みたいになった。 平野神社へ到着して、境内にはいり、写真を撮った。 ストレート写真ではなくて、色変換などその場で施しアップだ。 ...続きを見る

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2015/11/07 15:51
日記-2-
気持が、ようやく落ち着いてきた気がします。 ここ数週間の落ち込みはなんだったんだろう、と思うくらい。 ベートーベンの運命第二楽章が聴こえています。 淡々と、淡々と、時間がながれて、イメージがちらつきます。 今日は雨、午後には上がるみたいだから、外出は午後だ。 お金を出しに行って、ガソリン入れて、灯油を買って、冬準備。 淡々と、時間が流れて、あ、第三楽章、沁みいってきますね。 ...続きを見る

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2015/11/02 10:33
日記-1-
ただ淡々と生きていくにはどうしたらいいか、なんて言葉が、突然起こってきて、ここに記したわけですが、残された年月を、そのように生きたいと言葉の上でが書いてみても、本心は、決してそうではなくて、もっと世の中とリンクしたいと思うわけです。 ...続きを見る

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2015/10/31 10:24
秋の光景-1-
秋の植物園、iphoneで撮った写真です。 ...続きを見る

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2015/10/22 08:00
リニューアル
何年間かかけて貯めた記事を削除しました。 あらためてリニューアル、ぼちぼち作りあげていきます。 よろしくお願いします。 ...続きを見る

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2015/10/20 15:29

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