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zoom RSS テーマ「徒然」のブログ記事

みんなの「徒然」ブログ


徒然にっき-11-

2017/02/25 11:35
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二月は逃げるという諺がありますね。
2月というのは、やっぱり過ぎるのが早い。
もう、今日は25日、天神さん、梅花祭ですね。
午後から天神さんへ行ってみようかとも思います。
梅花祭は幕が張られて外から内部が見えません。
千円いくらか払って入ると、上七軒の芸子さんがお茶接待。
ぼくは、お金を払わないから、見れません。

なんでも金のいることばかりで、これには反発しています。
結局この世は金次第、お金があれば何でもできる。
こういう風潮を払拭して、金がなくてもなんかできる。
まあ、お金がない、いや全くないわけではないけど、無い。
昨日は、釜ヶ崎労働者の裁判、仕事先で暴行された訴えでした。
高等裁判所で、控訴審、相手方が控訴してきて、次回、判決とか。
弱い者が勝つ、とは限らなくて、強い者が勝つ、これが風潮ですが。

フォトハウス写真研究会という名称で、次の展開を図ろうと思っています。
思ってみれば、枠組みがないから枠組みを作っていくということ。
でもこれは類似の枠組みがあって、そのなかみをどうするか、ですね。
自分では正しいと思うことが、一般ではそうでないことがままあります。
フォトハウスの企画も、そういうことかも知れないと思うけど、そうではない。
なにかクリエイティブなことやっていないといけない性格なのか。
でも、もう、最後だろうな、と思う事ばかりだけど、恍惚と不安と、なんて。

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徒然にっき-10-

2017/02/18 10:13
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人生やり直ししたい、ほぼ本気でこのフレーズが言葉になって出てきてる。
やり直しができたら、もっともっとやりたいこと楽しいことを、思う存分やりたい。
おとといだったか、嵯峨へ行こうと思って、行ってみて、嵯峨天皇陵に登った。
そんなに山の上にあるとは思っていなかったから、登り始めたのだったが。
このまえに大覚寺の周辺まで行って、名古曽の瀧跡って石組みを見てきた。
その延長上で、今回の天皇陵行きになったのだと思う。
嵯峨を訪れるのは昨秋から数えて三度目だ。

そこには人生やり直ししたい原点のところがあるように思えるのだ。
最近どこかで書いたけど、嵯峨名古曽町という地名についての記憶からだ。
ことの発端は、この地名にあって、そこはある人が住んでいた場所だと聞いた。
長澤氏との話で、FJの話題から、名古曽はFJではなくて嵯峨天皇の住居だと聞いた。
そうかそうかと納得したところで、最近になって、現地を見に行った。
嵯峨名古曽町は半世紀前、夜に、一度行ったところで、地名だけ記憶にあった。
17歳のときですね、高校二年生の冬になっていたかと思う。

FJというのは文芸部にいた女子のうちのひとり、なにかしら訳ありなような子でした。
嵯峨野高校だったから、広沢の池から大沢の池、嵯峨の方へはよく行ったものだ。
広沢の池でボートに乗ったり、山へのぼったり、ああ、青春そのものだ。
そのへんから人生やり直せれば、現実に過ごしてきた人生なんて歩まない。
前向いて、時間が過ぎる向こうを見て、走ってきたけど、いま立ち止まる。
立ち止まったところは、もう、行き詰まりのどんつき、行き止まり、そこにある。
これかもしれない、鬱的症状の原因、どんつまりであることを悟るからだろうか。




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徒然にっき-9-

2017/02/13 13:12
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まるで崩壊感覚です。
寒い日、ガラス戸がガタガタと音をたてています。
どうしたことか、虚しいような寂しいような老人性鬱なのか。
小説をいくつか書いているけれど、慰めみたいなものです。
あなたは、いま、なにを思い、なにをしようとしているのですか。
もう糸が切れてしまったから、お会いすることもないんでしょうね。
冬、寒い日、日曜美術館で長谷川等伯の足跡をやっていました。

堕落論、文庫本、手元に置いていますが、読めません。
パソコンの中身、整理しようと思うけど、なかなか進めません。
身の周りの書類とか、書籍とか、持ち物の整理、これも進まない。
袋に詰めてゴミに出す、少しは減っても、捨てきれないものばかり。
この先、どうしようかと思うところ、部屋の中、記憶ばかりです。
記憶がなくなったら、もうおしまいだとは思うけど、なにを頼りに生きるのか。
路上生活者のことテレビに映っていたけど、虚しいね、その光景。

流動的に、なるようにしかならないのだから、成り行き任せです。
そうすると何もことが運ばないのだけれど、自然の理で、運ぶ時は運ぶ。
そう思って、無理には走らせることもないのかも知れない。
このことが虚しい気持ちにさせてくるのかも知れません。
中学の同窓会、その打ち合わせに行った。
それぞれに人生を背負ってきて、いま、ここに、いる、感じですね。
遠い昔、とはいっても生きた時間の中の昔、思い出しながらの小説です。

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徒然にっき-8-

2017/02/04 10:57
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節分が終わり今日は立春。
光が春めいてきています。
一昨日は節分取材に出かけてきました。
写真を撮ったけれど、まだアップしただけでセレクトしていません。
ここに載せたのはスマホで撮った椥神社の御神楽です。
もう毎年の事、節分のときにはここへ来て御神楽を撮らせてもらう。
舞われる人も鉦太鼓の人ももう顔を覚えていておなじみです。

今年は最初に達磨寺へ行ってみました。
下立売通りでしょうか西大路から東に入ったところです。
以前に拝観しているので本堂のなかとか、見覚えがあります。
節分の前日だというのに、たくさんの人が参拝に来られています。
ぼくは写真を撮るのが目的だから、手を合わす前にカメラで合掌です。
70歳になって市内のバスと地下鉄がフリーパスでいけるので便利です。
昨年までは500円の乗り放題券を買ってまわったものでした。

椥神社は素戔嗚尊がご神体だと書いてありました。
古事記にでてくる神の名ですが、少しはわかるようになったかな。
神楽を撮ってそこから壬生寺へ馳せ参じます、毎年同じ写真を撮る。
それからバスに乗って八坂神社で途中下車、本殿で豆まきがはじまった。
ここでは写真を撮らず、豆拾いもせず、目的の吉田神社へ向かいました。
もう毎年のコースで、いつものところでシャッターを切る、いつもと同じですね。
帰りに、雨宝院経由で釘抜地蔵、千本えんま堂とまわってきました。




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徒然にっき-7-

2017/01/31 14:07
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2017年の1月が終わります。
もたもたしながらの日々ですが、1月が終わります。
朝からデーターを整理を、ハードディスクの中を整理してました。
データーの大多数が写真データーです。
ハードディスクに置いているけど、使うことが無いですね。
といって消してしまうことも気持ちの上でできないでいます。
といいながら何年も前の古いデーターはすでになくなっていますが。

フィルムをデジタルにスキャンしているところです。
1970年代の終わりから80年代初めのところをスキャン中です。
精力的にやってないからあんまりすすんでいません。
まだ数百本分はあると思うけど、ちまちまとやっていきます。
スキャンしてると、記憶が甦ってきたり、覚えていなかったり。
まさに自分の歴史、痕跡、歩んできた道、といったものですね。
今年になって新しいブログを作ったりして、リニューアルしています。

撮る写真も、神社仏閣を中心に摂りだしていますが、自分の記録です。
文章書くより、動画で撮るより、写真に撮るのが手軽ですね。
ちょっと世間から遠のいていく感じですけど、仕方ないんかなあと思う。
いつまでも現役なんて、自分では思っているけど、決してそうではない。
使った写真は、大覚寺、名古曽の瀧跡、嵯峨天皇の住まいがあった処とか。
F・Jさんの住所が、嵯峨名古曽町という記憶があって懐かしいんです。
どないしてるのか、まだ生きてるんやろな、ここかで生きてるんだよね。

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徒然にっき-6-

2017/01/22 09:03
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何処へ行って、何を書こうかと、うろうろ徘徊しています。
日曜日の朝、寒い朝、ラジオは美空ひばりのマドロスさん。
懐かしい、昔々、といっても60年ほど前になるのか。
老年になったものだ、つくづく自分の歳を思ってしまう。
写真を一枚載せていますが、このブログでどう見えるのか。
昨日、星が丘洋裁学校って所へ行かせてもらって撮った一枚。
うんうん、女子たちが写真の被写体にするイメージ満点の場所。

日本画を学ばれた方が、この場所で展示をされているので見に行った。
不思議な場所、そこで展示をするひとが不思議に思えているんです。
ああ、いまの時代の生き方が、この環境にあるんだろうな、自然派。
農塾に通ってたころのイメージが甦ってきて、ほんのりの気持ちでした。
おみかんをいっこいただいて、帰りの喫茶店で食べたら、おいしかった。
そのイメージは、思い出すと、おとぎの国の出来事だったような。
新しい学校構想を少しご披露して、縁があったら繋がると思う。

七行三枠というフレームで文章を書いていますが、これは公開です。
フィクションも書きたいし、芸術論的なのも書きたいし、と思っています。
正月以来、その枠をブログにて作っているのに、文が書けない。
なにかしら、重圧を感じてしまって、気持ちが思うように動かない。
もたもたしながら、雑文と雑写真を組み合わせて、お茶を濁してる。
思うひとがいるのに、遠回りして、結局、実名では触れられない。
アメリカの大統領、不評のようですが、ぼくはそうは思わない。

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徒然にっき-4-

2017/01/19 10:49
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もう長年の知りあい、稲垣さんの応援というか、支援というか。
彼が孤軍奮闘、組合と炊き出しの会を運営している姿に感動します。
おととい、裁判傍聴に動員がかけられ、センターからバスに乗る。
裁判のなかみには触れないが、勢力的に裁判闘争を続けています。
原告として裁判に持ち込むわけですが、弁護士、弁護団がいるわけです。
ぼくはそのまわりで、傍聴に行くひとりにすぎません。
その彼が、昨年から病気と闘っている姿をみて、感動的に応援します。

年齢的には、彼はぼくよりも数年年上で、老齢の部類です。
釜ヶ崎で、裁判傍聴の動員に応じてくる数十名のひとたちは、まだ若い。
若いといっても五十、六十、もう少し若いひとも見うけます。
みんな一生懸命生きている。
炊き出しに頼っているひともいるようで、バスの中で会話がある。
ぼくは、年金生活だけど収入があって、それで生活しています。
これ以上の金儲けはしないつもりで、底辺生活を続けようと思う。

生きることの価値観は、金がすべてではなくて、価値を別の処に求める。
それでいいと思っているけれど、金儲けすることに価値を見る人もいる。
金を持った多さで人間の価値が計られるわけではなく、生きる中身だ。
そう思って、その中身を見ようとしているけれど、それがわからない。
自分を見るということが、いま求められ、これからの在り方の価値だと思う。
そういう時代に来ていて、それをいかに作品化していくのか。
これが、表現のテーマとして必要なことだと思っているところだ。


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徒然にっき-3-

2017/01/14 09:41
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土曜日の朝、もたもたと、午前中の時間、なにをしておこうかと、迷う。
結局、ここへ来て、徒然にっき、を書こうと思って、書き出したところ。
これまでの、気になることが、ちらちらと脳裏にきらめいてきます。
でも、それらの光景を紐解いて、記述していくことは、ここではできない。
この文章は公開しています。
なにもかも公開できるほど、単純な生き方をしていないから、秘密。
秘密は持たない方がいいと思うけれど、誰にも言えないことも多々。

最近は、神社と仏閣、人を撮らないで、構築物や仏像などを撮っている。
その場にいたという存在証明みたいな、其処を訪れたというような。
その行動の行為が、意味をもってくるような、作品とならないか。
漱石の門という小説があるけど、仏閣の山門の前に立つとき思い出す。
迷い人、門を見上げて何を思うや、この門を開けたら、何があるのか。
迷うを晴らす世界があるなら、開いてみるのも意味があるかも。
古希を過ぎ、ますます迷いが生じてきているを自覚します。

今日掲載の写真は、これまでにも方々で載せた写真です。
釘抜地蔵尊の太子堂の仏像、真ん中の仏像、誰だかわからない。
阿弥陀如来、そう思っていたけど、違うみたい、札に書いてあったけど。
太子堂というから弘法大師、空海、そのひとが此処を訪れて、開いた。
そういうことで、太子堂があり、仏像の前に座ってるのが、弘法太子か。
石像寺という浄土宗のお寺、庶民信仰、京都は千本上立売にある。
自分が生まれ育った地域だから、もう少し掘り下げて、見てもいいのかも。



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徒然にっき-2-

2017/01/08 12:31
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正月も終わり1月8日、日曜日、雨が降っています。
朝からもたもた、もう昼の時間になってしまいました。
文学・小説のはなしで、漱石や堀辰雄などのことを書きました。
文学の論ではなくて、雑文、自分のj記憶をたどっている感じ。
これらの行為は、自分のためにやっているんだな、と思う。
世間の流れに合わせる必要もなく、自分流でいいんでしょうね。
それしか言いようがないきがします。

批評となると、それなりの枠組みを作って、方法があって、それに準じる。
ぼくの場合は、それを無視しているわけだから、どうしようもない。
いかにも雑文で、書きなぐって、推敲なんてほとんどしません。
でも、なんだか、空しいんですよね、虚しい、むなしい。
写真も文章も、いっぱい撮って、いっぱい書いて、公表してる。
ネットがなかった頃って、手元に置いておいて、見せること少なかった。
いまや、SNS、ツイッター、フェースブック、インスタグラム、フリッカー。
時代の流れですよね、ひと頃にはなかった情報流通の時代です。

新しい方法を駆使して、使いこなそうとしています。
ツールは、パソコン、スマホ、タブレット、この三種を手元にそろえた。
ネットワーキングで自己表現、それから交流、情報交換、ですね。
実際には、生身で会える人でなくても友達になったりできます。
交友関係、人間関係、というのも電話だけ時代から様変わりしています。
展覧会の在り方なんかも時代に合わせて、構築されるべきでしょうね。
今年は、世の中、大きく変化する年だと世間での話題です。
そのように思います、何が変わるのか知らないけれど、世界が変わる。






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徒然にっき-1-

2017/01/01 14:44
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西暦2017年、平成29年、歳の初め、今日は元旦です。
あれこれ、昨年は50数年ぶり、心の災難だったと思っています。
今年は、これまであった関係を終えて、新しい関係を創りたい。
もう、あと10年くらいしか時間がない、との思いがあります。
年齢70を越えてしまった自分がいます。
周辺大方の男子、その寿命が80歳前半のようです。

新しいことを始めようとの気持ちはあるけど、体力が、精神力が。
新しいことを、といってもこれまでのアレンジでしかないのだけど。
何かしてないといられない性格のようなので、仕方がないと思う。
16歳のころの感覚が、今の歳になっても、同じような感覚だと思える。
でも、これは、たぶん、うそで、体験が同じようだということで、そう思うのかも。
一昨年、昨年と、気持ちが落ち着かなくて、迷い系だったと思っています。

今年は、新しい決意で、新しい気持ちで、新しいことを始めたい、と思う。
ボードレールに詩集をだしてきて、ぱらぱら、めくっていました。
新しいところでは、古事記の世界に興味が傾いているなぁ。
それらの統合イメージで、作品が創れないか、とも思うところです。
作家まがいのことやっていかないと、評論だけでは、いけないな。
東松さんが、作品を作りながらの行為だ、と暗示していらしたから、ね。

フォトハウスの生成について、書き始めたところですが、東松照明さん。
今日は達栄作さんの写真を、記憶の写真、として別ブログにあげました。
先輩として影響を受けているのは、達さんと東松さんの二人です。
達さんのところで学んだことで東松さんとつながった、と考えるのが妥当です。
達さんと撮影に行った余呉とか、伸子さんとか、懐かしい写真を先に見ました。
今年は、そのへんから掘り起こしていかないと、いけないのかなぁ、と思う。






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タイトル 日 時
つれづれに-8-
つれづれに-8- 今年の反省をしとかなくちゃいけないな。 最悪だと思える一年だったと、朝から思っています。 一月の初めから、壊れていくことでしかなくて、一年が終わります。 こんな年、古希を迎えたという、身体的なこともあるのだろうけれど。 心的に、つらいことが続いたと思えます。 高揚していくときには阻まれ、袋小路に追い込まれ、フリーとなった。 ...続きを見る

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2016/12/18 09:36
つれづれに-3-
つれづれに-3- 2016.10.14、文字さんとキトラ古墳へ行き、そこから壺阪寺へ行き、写真はそこで撮ったもの。 この先、どうしたらいいのかと想いあぐねていたところでしたが、希望の星が見えてきた。 ギャラリー176の運営主体となっている友長氏と、昨日9/22、話をすることができました。 彼はIMIで学ばれたメンバーで、そのクオリティーをイメージ的につかめる人だと思えます。 結局、かってIMIお初期で学ばれたメンバーが、ゆるやかに群として見えてきたところです。 新しい塾をつくれないか、そのための... ...続きを見る

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2016/10/23 06:48
つれづれに-2-
つれづれに-2- 2016年10月13日、これが本日の日付、この先、どうしようかと。 昨日、iPhoneをやめて、別のにしました、あんまり変わらないな。 これで写真を撮るのをやめようと思うが、インスタグラムを使った。 写真集で風景論を発行していたが、中断することにした。 8号まで発行したけれど、止めろと言われて、止めようと思う。 この先、どうすればいいのか、本当に迷っています。 Xperiaという機種で、グーグルがやっている。 ...続きを見る

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2016/10/13 09:59
つれづれに-1-
つれづれに-1- 新しいシリーズでタイトルは「つれづれに」です。 写真は最新のモノを使おうと思ってます。 文章は、そのつど、思うことを書き記していこうと思います。 かなり本音で、そのとき直面している気持ちを記していきたい。 というのも、内面の記録として残しておきたいとおもうからです。 もうええかっこなんてしていても空しいばかりでしやないです。 そうおもっていても、本心が言える、書けるということでもありませんが。 ...続きを見る

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2016/10/04 10:02
日々20160930
日々20160930 なにかしら恥ずかしいことをしているような気持ちになります。 おとといの写真講座で図書館での仕事がおわりました。 昨日は、陶芸教室へ、久しぶりに行かせてもらいました。 かれこれ10年、それほど上達してないけど、器はたくさん。 今日は朝から、静かな気分でしたが、いま、乱れています。 音楽はピアノ三重奏曲「大公」とでています、ベートーベン? ...続きを見る

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2016/09/30 08:56
日々160926
日々160926 これまで写真で培ってきた関係がすべて終わったということだ。 図書館も、写真学校も、ぼく自身としてはここで終わりということだ。 新たな関係を求めて、つぎを模索していかないといけない、と思う。 淋しいと言えば淋しい気持ちが込み上がってきます。 空しいと言えば空しい気持ちになってきます。 いったん全てを終える、失う気持ちですが、ぼくの方も悪い。 ...続きを見る

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2016/09/26 09:30
日々190619
日々190619 心の中で区切りをつけ、電話でその旨を伝えて、清々しました。 終わって始まる、つまり詰まってきて、終わって始まる。 もう気持ちの後戻りはないと思う。 理事を辞めてもいい、むしろ辞めて清々したい。 過去を一掃する、粛正される、自分で粛正する。 とやかくはいわない、今月で終わりにしようと思う。 ...続きを見る

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2016/09/19 16:34
日々160909
日々160909 ここでは本音でこころの内を書き記しておくのがいいのかも知れない。 先週から今週にかけて、身の振り方が大きく変わってきたと思ってる。 図書館、表現大学からの、身の引き方、ということです。 そこでの講師として認められないのは辛い気持ちがまずある。 自分では自負があり、写真表現についての新しい見解もある。 それに基づいて、それを実現しようとして、写真を撮っているところ。 それはそれとしても、主宰者とこれ以上続けるのは、気持ちが乗らない。 ...続きを見る

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2016/09/09 09:33
日々160902
日々160902 そんなに親しかったわけではなかったがご近所のご婦人の訃報があった。 町内からの案内ですが今夜が通夜、明日が葬儀、という段取りらしい。 と思っていたら幸福の科学という小冊子が、今朝、ポストに入っていた。 町内の回覧では、運動会の食券販売の予約表が回覧されている。 そのうち、ものみの塔を配布されているおばあさんが、来るだろう。 なにやら、私生活というレベルで、細々としたことが日常としてある。 ...続きを見る

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2016/09/02 08:01
日々160819
日々160819 このまえ、水上勉の京都を歩く、という本を買ったんです。 今日、クーラーの効く場所で、この本をざっくりと読みました。 水上文学といえばいいのか、小説の舞台が京都、遊郭、花街。 女を描き男を描き、時代は昭和半ば以前の、つまり水上の体験談。 身につまされること多々あります、舞台といい、内容といい。 ちょうどぼくの父の世代です、大正九年生まれだと記されています。 でも、どうして女は五番町であったり島原であったりなのでしょうね。 ...続きを見る

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2016/08/19 17:08
日々160814
日々160814 慌ただしく日々が過ぎていく感じがして、今日は8月14日です。 お盆の真っ最中、今日は町内の地蔵盆、明日までです。 昨日は昨日で墓参り、今日はぼくの家の墓に行ってお掃除。 祭礼は17日に行なうと通知が来ていて、出かけるつもりです。 法華宗の本法寺、尊陽院に属しているところです。 本阿弥気の墓があり、長谷川等伯ゆかりの寺、ということです。 ぼく自身は、全くの平たい地平に、気持ちも身体も、置いているつもり。 ...続きを見る

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2016/08/14 16:30
日々160801
日々160801 先週、谷崎潤一郎記念館へ赴きました。 待望の、というか、漸く、というか、念願の、です。 特に谷崎のフアンということでもないのですが、気になる。 谷崎の全集を予約で買ったのが50年ほど前です。 生誕130年、没後50年という節目の年だといいます。 念願の記念館へ行って、見学して、谷崎の机を写真にした。 谷崎の文学には、折に触れ、読んだり、見たり、してきました。 ...続きを見る

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2016/08/01 15:09
日々160721
日々160721 先に記憶の記録と題した文を書いていたんですが、これはそれのあとです。 今日は写真の夜間コースがあって、出発までの時間がいまです。 あとに予定があると、気持ちが落ち着かなくて、浮ついてしまいます。 ストック画像から選び出したのは、高橋の「憂鬱なる党派」単行本です。 もう、遠い記憶のさなかから、浮かび上がってくる自分へのイメージ。 ぼくが釜ヶ崎へ行く、かなり前、西村という主人公の行き着く先が釜ヶ崎。 釜ヶ崎で写真を撮りながら、高橋の描く西村という男のイメージを思った。 ...続きを見る

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2016/07/20 09:58
日々160713
日々160713 もう半世紀も前になってしまいますが、自分の二十歳のころです。 言語にとって美とは何か、という問いかけをした吉本隆明氏の著作です。 最近になって、ぼくには、新たな問題として、美とは何か、との問いが浮上。 言語にとって、写真にとって、芸術という概念のなかでの<美>とは何か。 なかなか、簡単そうで複雑な内容の概念というか、捉え方というか、です。 ...続きを見る

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2016/07/13 17:53
日々160630
日々160630 六月の末は夏越しの神事がおこなわれるという話題です。 茅の輪をくぐってお祓い、無病息災を祈願する、ということらしい。 それから水無月を食べる。 米粉のだんごみたいなうえに甘い小豆がしいてある三角の餅? これは雪に見立ててある食べ物、当時貴族は保存していた雪を食べた。 貴族ではない庶民は、雪に見立てて、水無月を食べた、とラジオで言ってた。 どうも理屈が多すぎる、その傾向がありますね、ぼくには、いけませんね。 ...続きを見る

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2016/06/30 07:50
つれづれに160527
つれづれに160527 最近、自分の過去を記述して残していこうと、記憶の記録を始めました。 その一環でコピーしたイメージのがこれ、わだつみ像が倒された残骸写真。 いまこのわだつみ像は平和ミュージアムに保存展示されていたと思います。 何年か前に、平和ミュージアムで再会しました。 ぼくにとってわだつみ像が、特別に思い入れある像というのではありません。 でも、このわだつみ像にまつわる話がいくつかあります。 いわくつきのわだつみ像、戦没学生を哀悼する記念像、であったと思います。 ...続きを見る

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2016/05/27 17:25
つれづれに160523
つれづれに160523 書棚に収めてある本の背表紙を眺めていて、共同幻想論、を手にした。 もう色褪せ、茶色になった背表紙、書棚から取り出し、なかを開いてみる。 記憶がよみがえってきますあたかもいま、チャイコのピアノ協奏曲が流れてる。 1968年12月5日初版発行となっていて、手元にあるのは初版です。 その年の春、ぼくは三年遅れで大学生になって、生き方に戸惑っていた。 学生のまわりは全共闘運動で、それぞれがそれぞれに参加不参加をする。 ぼくは、どちらかといえば野次馬、心情三派、文学青年気取りのような。... ...続きを見る

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2016/05/23 08:53
つれづれに160519
つれづれに160519 写真という道具に関わりだしてかれこれ40年になるかと思う。 1975年かな、大学を卒業して学費の代わりにカメラを買った。 その当時は、まだ文学に未練があった。 もう二十歳になっていたかも知れぬ、小説を書きたいと思っていた。 ペンと原稿用紙、夜な夜な、それに向かって書いていた。 反鎮魂という同人雑誌は大学の友、甲斐君がリーダーをとってくれた。 ...続きを見る

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2016/05/19 13:37
つれづれに160514
つれづれに160514 最近、直近、70歳の誕生日を迎えて、越えて、いま、何してるのか。 内面の動きは、あるイメージを追っていて、感情が伴い、感情がついてくる。 あるイメージは、次から次へと移りかわっていきます。 いまなら、この記事を書くために集中していて、何を書こうかと迷っている。 最近は、最初に写真ありきで、それに伴えて文章を書くようにしています。 写真と文章が補完関係になっているとは限らなくて、別々のものです。 ...続きを見る

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2016/05/14 08:55
つれづれに160504
つれづれに160504 五月の空、今日は青空、いいお天気です。 五月の連休中ですが、今日は図書館にきています。 このブログは、けっこう文章を多くしています。 でも、時と場合によっては、短めでいきたいと思います。 文章の目的がはっきりしなくて、何してることか、わからなくなる。 わけのわかったようなわからないような、そんな感じですから。 ちょっと一服といったところでしょうか。 ...続きを見る

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2016/05/04 16:38
つれづれに160426
つれづれに160426 京都の街が観光客であふれている。と思いしや、京都だけではなくて、大阪も、東京も、金沢も、各地で観光客が多いのです。悪いことではない、良いことの部類だと思います。観光ブームにわく京都。それだけじゃない、北陸新幹線が昨年開通したというので、金沢が大賑わいになっています。新幹線に乗るにはそれ相応のお金がかかるわけだけど、そんなもの、あるところにはあるんだから、それはそれでいい。 ...続きを見る

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2016/04/26 17:29
つれづれに160419
つれづれに160419 季節は春、今朝は雲一つない青空、少し寒いです。 灯油ストーブ、めんどいからやめようと思ってたけど、使っています。 音楽はベートーベン、交響曲、フルトベングラー指揮の第三番、英雄、エロイカ。 1953年に録音されたと記されているから60数年前ですか。 iTunes、アイチュンって言えばいいのか、パソコンで聴くプレーヤーで聴いています。 音楽はやっぱりベートーベン、ぼくは中学生のときの運命からはじまり、今に至ります。 そうゆうことでいえば文学は夏目漱石、文学の中でも小説のジャンル... ...続きを見る

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2016/04/19 06:57
つれづれに160402
つれづれに160402 怨念というか、縁というか、人間の情にまつわる話です。 人と人との関係について、とくに恋愛というジャンルですが。 ここで気になることは、恋愛ということで括られる情の交感のことです。 写真は縁切り縁結びをうたう穴です。 ...続きを見る

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2016/04/02 16:26
つれづれに160322
つれづれに160322 春の暖かさにともなって、心が浮いてくる感じがします。このまえ書いた文章がちょっと気に入ってなくて、四苦八苦なんて、あんまり考えないほうがいいな、と思っているところです。話は全くかわって、いま、パソコンにキーボードで入力しているんですけど、立ち上がりが遅い。微妙にサクサク感がない。そんなことで、気がそぐれてしまいます。ウインドウズ10、新しいバージョンです。それが、これまでよりも使いずらい感じなんです。これは、相性というものかもしれません。なんとなく、相性が悪い、のかもしれません。 ...続きを見る

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2016/03/22 15:09
つれづれに160307
つれづれに160307 生きるってことが四苦八苦というじゃありませんか。そのうちの四苦というのは生老病死というじゃありませんか。それに追加の四苦があって八苦となる、と辞典に書かれているんですね。ウイキペディアによると<四苦八苦(しくはっく)とは、仏教における苦の分類。 苦とは、「苦しみ」のことではなく「思うようにならない」ことを意味する。根本的な苦を生・老・病・死の四苦とし、 根本的な四つの思うがままにならないことに加え、愛別離苦(あいべつりく) - 愛する者と別離すること、怨憎会苦(おんぞうえく) - 怨み憎... ...続きを見る

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2016/03/07 16:20
つれづれに160216
つれづれに160216 この10年ほど、匿名で小説書きをしてきて、それなりに初期の目的も達成されたか、と。それらはぼく自身の、ネット時代の文学論の一環として書いてきたものでした。純文学ではない、大衆文学ではない、春画をもじって春小説、例えばプルーストのような。紀貫之がやったような、女性が春小説をかいていくことで、作家という人格を創ってみよう。そんなこんなで、春小説は、ポルノノベルといえる範疇で、リアルロマンノベルでした。にっかつロマンポルノ、その前にはパートカラー、いずれも映画館上映の映画群でした。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/02/16 18:48
つれづれに160210
つれづれに160210 今年70歳になる、なんて思うと、ただ事ではないという気持ちになる。 過去が膨大にありすぎて、未来が少ししかない、切羽詰まり感ですかね。 大きな壁にぶつかって、まるで防火扉みたいに重たい感覚です。 なのに女子を好きになってしまう感覚が衰えないんですね。 これ、この感覚は、この年になっての発見といってよいです。 いや、年になって、その年と世間でいう年相応とのギャップです。 ...続きを見る

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2016/02/10 09:50
つれづれに160119
つれづれに160119 タイトルに日付をいれることにしました。 写真は、なか卯の朝ご飯セット、250円です。 今年になって2回も食べに生きました。 朝食だから、朝です。 ひところ200円だったのに、値上がりしたんです250円に。 目玉焼きとわかめの味噌汁、それに味付けのりがついています。 この日は、サービス券で小うどんがついてきました。 一人暮らしの練習、なんて笑い事ではなくて、そうなるかも知れぬ。 どうして生きたらいいのか、わからなくなってきます。 初々しい気持ちなんてもうなくなって、それな... ...続きを見る

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2016/01/19 18:07
つれづれに-6-
つれづれに-6- 五輪真弓、いま、スピーカーからその歌声が流れてきています。 なつかしい、なんだろ? よく聴いた、1980年ごろ、まだレコードでした。 30年ぶり、一気に記憶がその時代へ、引き戻されます。 朝に、稲垣さんから電話があって、福島みずほさんが釜へ来る。 来るから写真取材できないか、との話があって、躊躇したが行くことに。 写真の講座の方は、けっきょく、今日、明日と立ち会いをあきらめた。 釜ヶ崎は一方で越冬闘争期間で、フェースブックに記事が載っています。 稲垣さんレベルは、そことは違... ...続きを見る

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2016/01/09 10:52
つれづれに-5-
つれづれに-5- 新年、あけましておめでとうございます。 という挨拶を、誰にするというのか、あまり挨拶しませんね。 ここら辺、ブログの書き出しに使ったり、慣用語ですね。 ハイドンの交響曲をかけ出しました、珍しいでしょ? いつもはベートーベンの交響曲が多いけど、たまに違うの聴きます。 チャイコフスキーの交響曲を少し聴いて、ハイドンへやってきた。 最近はオーケストラ演奏の音楽を聴くことがが多いです。 ひところはピアノの曲も重くて、繊細なバイオリンに傾斜していたけど。 変わるんですね、その時々の体調... ...続きを見る

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2016/01/01 14:02
つれづれに-4-
つれづれに-4- 大晦日になりました、暖かい日、晴れています。 朝から、ピアノの周りを掃除しているところです。 手を動かしていると、頭の中は別のことを考えています。 もう半世紀以上も前になるのか、高校一年生の時の大晦日。 なんだったんでしょうね、自転車に乗って、夜の道を走っていました。 ゆっくり、ゆっくり、太秦とか嵐山の近くとか、高校が嵯峨野。 好きな女子がいて、それは帷子ノ辻近くのうどん屋の子でした。 たぶん、会いたくて、その近くへ行っていたように思う。 そのときの気持ちが、よみがえって... ...続きを見る

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2015/12/31 10:12
つれづれに-3-
つれづれに-3- 年末になりました、今日は25日、クリスマス、それに天神さんの日。 もたもたと、家の中で、過ごしています。 音楽は、ただいまベートーベンの運命、第五番です。 聴き慣れた、懐かしい、10代の頃のことがよみがえります。 メールを送り返そうか、どうしょうか、迷っているところです。 今年は、いろいろ、変化があった年でした。 そのなかでも、いちばん気になったことは、これは書けない。 写真のテーマが、変わってきています、京都は終わった。 その次が出てこないけれど、もう終わったと思ってい... ...続きを見る

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2015/12/25 10:08
つれづれに-2-
つれづれに-2- パソコン環境を新しくしています。 もう5年前に入れたパソコンを最新にするためです。 それからアイフォンを購入して使っています。 なんだか、道具類を最新にするだけで、自分が変わる。 iPhoneを掌にして電車のなかで写真を撮って、SNSにアップ。 そのライブ感に、新しい時代を感じます。 ちょうどいい機会でした。 アルバムもニコン、キャノンから、グーグルとかに変えています。 iPhoneのカメラから、色変換したり、サイズ変換したりで、作品作りです。 模索中、なにはなんだかわ... ...続きを見る

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2015/12/13 15:47
つれづれに-1-
つれづれに-1- 金沢の奥の二俣というところに「いわな茶屋」という料理屋があります。 山の魚イワナを養殖されていて、それを料理して食べさせてもらえる。 もう20年以上も前に、とおちゃんに連れていってもらって以来、行きました。 以前は小屋茶屋というイメージでしたが、立派な造りになっていました。 最初にイワナの刺身が大皿に並べられて出てきました。 海の魚に慣れたひとは、川魚は苦手というひとが多いようです。 でも、ぼくは、泥臭くっても、それがいい、苦にならない。 まあ、なんでも食べる、好き嫌いはあ... ...続きを見る

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2015/11/30 09:59
日記-3-
日記-3- アイフォンを持って散歩に出て写真を撮る。 けっきょく、京都シリーズの反復みたいになった。 平野神社へ到着して、境内にはいり、写真を撮った。 ストレート写真ではなくて、色変換などその場で施しアップだ。 ...続きを見る

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2015/11/07 15:51
日記-2-
日記-2- 気持が、ようやく落ち着いてきた気がします。 ここ数週間の落ち込みはなんだったんだろう、と思うくらい。 ベートーベンの運命第二楽章が聴こえています。 淡々と、淡々と、時間がながれて、イメージがちらつきます。 今日は雨、午後には上がるみたいだから、外出は午後だ。 お金を出しに行って、ガソリン入れて、灯油を買って、冬準備。 淡々と、時間が流れて、あ、第三楽章、沁みいってきますね。 ...続きを見る

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2015/11/02 10:33
日記-1-
日記-1- ただ淡々と生きていくにはどうしたらいいか、なんて言葉が、突然起こってきて、ここに記したわけですが、残された年月を、そのように生きたいと言葉の上でが書いてみても、本心は、決してそうではなくて、もっと世の中とリンクしたいと思うわけです。 ...続きを見る

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2015/10/31 10:24
秋の光景-1-
秋の光景-1- 秋の植物園、iphoneで撮った写真です。 ...続きを見る

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2015/10/22 08:00
リニューアル
リニューアル 何年間かかけて貯めた記事を削除しました。 あらためてリニューアル、ぼちぼち作りあげていきます。 よろしくお願いします。 ...続きを見る

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2015/10/20 15:29

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