アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「自分史」のブログ記事

みんなの「自分史」ブログ


徒然にっき-24-

2017/08/12 12:14
画像


思うこと多いんですが、それを言葉に、なかなかできないです。
この年になって、懐疑心というか、疑い深い心理になってきます。
自分の言う事に対して、はたしてそれでいいのか、とかの疑問です。
他人様のことには、あんまりコメントしませんが、要は自分のことです。
表現塾をつくろうとして、そのコンセプトを探しているところです。
ああでもない、こうでもない、理想は何か、それをどう創るのか。
生きた時代によって価値観とか意味合いが変わるんですよね。

自分が生きた年代、時代という内容を検証してみたい。
おおむねその年代でその時代を経験した者どうしが共有できる。
そうかもしれない、世代が違って、見解とか意見とか、相違するんですね。
なんか、そう思うと、虚しくなってくるんです、これは感情の部分です。
感情は切り捨て、という時代があったとすれば、いまは感情込みです。
感情という厄介なものを基底に置いて、物事は考察されるべきではないか。
わけのわからないことで、コミュニケーションが取れないですね。

いまの時代、というのが正しいのか、今の年齢だから、が正しいのか。
なにを求めているんだろう、と根本的な問いが頭をもたげてきます。
真に必要なことは、避けて通らなければ、コミュニケーションが結べない。
いや、これは従前のコミュニケーション論であって、今は違う。
内面、自分、感情、そういった事柄が具体的テーマとなった時代ですね。
そのように思うことからしか、ことは進まないようにも思えるのですが。
未知の領域へいこうとするのは、不安と虚しさとも、入り交じりですね。



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


徒然にっき-21-

2017/07/03 16:48
画像


もう半世紀も以前の話になります、1966年、昭和41年の写真展。
京都写真サロン展が、京都大丸6Fホールで開かれた。
会期は6月28日から7月3日です。
主催は全日本写真連盟京都府本部と朝日新聞京都支局。
その入選者名簿を大八木元治さんから預からせてもらった。
京都の写真作品制作者の方々、存じ上げる名前がたくさん。
ぼくが参加するのは1976年だったから、それより10年前です。

関西の写真史をまとめてみたいと思っているところですが。
その一環として、ぼくの足元であった京都の写真史を見ています。
アマチュア写真家たちといってしまうと、写真撮影を仕事の方もいます。
ひところ、プロアマ混在、ちうような言い方をしていたが、プロもアマもない。
現在では、プロとかアマとかのいい方は死語で、写真作品制作者ですね。
ぼくは、その行為を表現の一種だと思いだしていて、表現論を考えます。

この半世紀前、フィルムの時代でモノクロにカラーが混じりだしたとき。
京都写真サロン展の特賞(朝日新聞社賞)は二谷和男氏のカラー作品です。
朝日新聞社がバックの全日本写真連盟は、全国組織です。
いまもめんめんと続いている組織で、主にクラブ単位で入会しています。
ぼくが参加していたのは1976年から1980年までだと記憶しています。
いまとなって懐かしい思い出が、特に人たちの顔と名前がなつかしいです。
歴史を書き起こしていかないといけないなぁ、と思うばかりで、進みません。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


徒然にっき-16-

2017/04/24 08:27
画像


いま実名を使っているブログの数が20個ほどあるなかで、ここがメインだと思っています。でも、ここでは文章を、三段と決めていて、これがけっこう億劫になっています。作成するのに時間がかかる、ということもあるけれど、何を書こうかと迷うからです。写真だけのブログがけっこうあって、そこへも最近はアップできていないです。
欲を出しすぎているのだと思うが、これらは広報のために作り置いてあるブログです。
今月に入って「表GEN研究会ph」という会を立ち上げました。これへの会員募集を、写真学校のときの広報手段を使って、やりだしています。

なんだかんだといっても、お金を使わないで広報しようというのだから、これしかない。ブログを駆使して、ぼくの考え、思い、などを順次まとめていく作業をしている。自分のための、といえばその傾向があって、自分の資料として構築しているんだな、と。けっきょく、ひとりよがり、自己中っていうんですね、自己中心でしかなくて、成果があがらない。いっぽうで、実名をださずにペンネームで書いているブログもあるわけで、これがメインかも。小説を書いていきたいと思って、自己中な小説を書いていて、全体妄想のなかにいる。総合文化研究からはじまって、エロス試行まで、幅をひろげてしまって、収拾がつかない。

いつも、何してるこっちゃ、と懐疑心にさいなまれていて、正常じゃない意識だと思う。この正常じゃないと思うところに、実は正統派思想家の源流みたいなのがあるんかも。阿部公房の「燃えつきた地図」を書架から取り出して、奥付をみたら1967年発行です。今回のプロジェクト名付け親の白川さんとの会話で出てきた本です。今更ながら、燃えつきた地図、いまのぼくには、何度も燃やしてしまったあとの地図。新たな地図を描き始めた、と思いたい、ああ、もう、最後の地図作成だな、と思います。今日使った写真は、21日にメンバーの三人展を見に行ったときのスナップです。



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


トップへ | みんなの「自分史」ブログ

徒然にっき 自分史のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる