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徒然にっき-11-

2017/02/25 11:35
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二月は逃げるという諺がありますね。
2月というのは、やっぱり過ぎるのが早い。
もう、今日は25日、天神さん、梅花祭ですね。
午後から天神さんへ行ってみようかとも思います。
梅花祭は幕が張られて外から内部が見えません。
千円いくらか払って入ると、上七軒の芸子さんがお茶接待。
ぼくは、お金を払わないから、見れません。

なんでも金のいることばかりで、これには反発しています。
結局この世は金次第、お金があれば何でもできる。
こういう風潮を払拭して、金がなくてもなんかできる。
まあ、お金がない、いや全くないわけではないけど、無い。
昨日は、釜ヶ崎労働者の裁判、仕事先で暴行された訴えでした。
高等裁判所で、控訴審、相手方が控訴してきて、次回、判決とか。
弱い者が勝つ、とは限らなくて、強い者が勝つ、これが風潮ですが。

フォトハウス写真研究会という名称で、次の展開を図ろうと思っています。
思ってみれば、枠組みがないから枠組みを作っていくということ。
でもこれは類似の枠組みがあって、そのなかみをどうするか、ですね。
自分では正しいと思うことが、一般ではそうでないことがままあります。
フォトハウスの企画も、そういうことかも知れないと思うけど、そうではない。
なにかクリエイティブなことやっていないといけない性格なのか。
でも、もう、最後だろうな、と思う事ばかりだけど、恍惚と不安と、なんて。

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徒然にっき-10-

2017/02/18 10:13
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人生やり直ししたい、ほぼ本気でこのフレーズが言葉になって出てきてる。
やり直しができたら、もっともっとやりたいこと楽しいことを、思う存分やりたい。
おとといだったか、嵯峨へ行こうと思って、行ってみて、嵯峨天皇陵に登った。
そんなに山の上にあるとは思っていなかったから、登り始めたのだったが。
このまえに大覚寺の周辺まで行って、名古曽の瀧跡って石組みを見てきた。
その延長上で、今回の天皇陵行きになったのだと思う。
嵯峨を訪れるのは昨秋から数えて三度目だ。

そこには人生やり直ししたい原点のところがあるように思えるのだ。
最近どこかで書いたけど、嵯峨名古曽町という地名についての記憶からだ。
ことの発端は、この地名にあって、そこはある人が住んでいた場所だと聞いた。
長澤氏との話で、FJの話題から、名古曽はFJではなくて嵯峨天皇の住居だと聞いた。
そうかそうかと納得したところで、最近になって、現地を見に行った。
嵯峨名古曽町は半世紀前、夜に、一度行ったところで、地名だけ記憶にあった。
17歳のときですね、高校二年生の冬になっていたかと思う。

FJというのは文芸部にいた女子のうちのひとり、なにかしら訳ありなような子でした。
嵯峨野高校だったから、広沢の池から大沢の池、嵯峨の方へはよく行ったものだ。
広沢の池でボートに乗ったり、山へのぼったり、ああ、青春そのものだ。
そのへんから人生やり直せれば、現実に過ごしてきた人生なんて歩まない。
前向いて、時間が過ぎる向こうを見て、走ってきたけど、いま立ち止まる。
立ち止まったところは、もう、行き詰まりのどんつき、行き止まり、そこにある。
これかもしれない、鬱的症状の原因、どんつまりであることを悟るからだろうか。




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徒然にっき-9-

2017/02/13 13:12
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まるで崩壊感覚です。
寒い日、ガラス戸がガタガタと音をたてています。
どうしたことか、虚しいような寂しいような老人性鬱なのか。
小説をいくつか書いているけれど、慰めみたいなものです。
あなたは、いま、なにを思い、なにをしようとしているのですか。
もう糸が切れてしまったから、お会いすることもないんでしょうね。
冬、寒い日、日曜美術館で長谷川等伯の足跡をやっていました。

堕落論、文庫本、手元に置いていますが、読めません。
パソコンの中身、整理しようと思うけど、なかなか進めません。
身の周りの書類とか、書籍とか、持ち物の整理、これも進まない。
袋に詰めてゴミに出す、少しは減っても、捨てきれないものばかり。
この先、どうしようかと思うところ、部屋の中、記憶ばかりです。
記憶がなくなったら、もうおしまいだとは思うけど、なにを頼りに生きるのか。
路上生活者のことテレビに映っていたけど、虚しいね、その光景。

流動的に、なるようにしかならないのだから、成り行き任せです。
そうすると何もことが運ばないのだけれど、自然の理で、運ぶ時は運ぶ。
そう思って、無理には走らせることもないのかも知れない。
このことが虚しい気持ちにさせてくるのかも知れません。
中学の同窓会、その打ち合わせに行った。
それぞれに人生を背負ってきて、いま、ここに、いる、感じですね。
遠い昔、とはいっても生きた時間の中の昔、思い出しながらの小説です。

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徒然にっき-8-

2017/02/04 10:57
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節分が終わり今日は立春。
光が春めいてきています。
一昨日は節分取材に出かけてきました。
写真を撮ったけれど、まだアップしただけでセレクトしていません。
ここに載せたのはスマホで撮った椥神社の御神楽です。
もう毎年の事、節分のときにはここへ来て御神楽を撮らせてもらう。
舞われる人も鉦太鼓の人ももう顔を覚えていておなじみです。

今年は最初に達磨寺へ行ってみました。
下立売通りでしょうか西大路から東に入ったところです。
以前に拝観しているので本堂のなかとか、見覚えがあります。
節分の前日だというのに、たくさんの人が参拝に来られています。
ぼくは写真を撮るのが目的だから、手を合わす前にカメラで合掌です。
70歳になって市内のバスと地下鉄がフリーパスでいけるので便利です。
昨年までは500円の乗り放題券を買ってまわったものでした。

椥神社は素戔嗚尊がご神体だと書いてありました。
古事記にでてくる神の名ですが、少しはわかるようになったかな。
神楽を撮ってそこから壬生寺へ馳せ参じます、毎年同じ写真を撮る。
それからバスに乗って八坂神社で途中下車、本殿で豆まきがはじまった。
ここでは写真を撮らず、豆拾いもせず、目的の吉田神社へ向かいました。
もう毎年のコースで、いつものところでシャッターを切る、いつもと同じですね。
帰りに、雨宝院経由で釘抜地蔵、千本えんま堂とまわってきました。




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