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徒然にっき
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徒然にっき-37-

2018/05/13 22:00
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先ほどアップしたところうまくいかなかったので改めてアップします。
京都は金閣寺の北にある鏡石界隈の写真です。
昔、京都の地層がずれて、断層になった面が鏡のようになっていた。
そこから鏡石という地名がつけられた、といいます。
旧道で、ここを北へいくと、千束、鷹峯です。
日本海、若狭に抜ける街道となっていたといいます。

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徒然にっき-36-

2018/04/26 08:44
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今年に入って、このブログを休刊にしていましたが再開します。
ゴールデンウイーク直前となった今日は平成30年4月26日木曜日です。
世の中、国会も混沌としていて、ニュースで見ていて情けない気がします。
ぼくも国家公務員経験もあるし、官僚ではなかったが管理者の立場でした。
文書改ざんなんて、ことに至った内部のことがわかる気がします。
値引き問題にしても、逆ですよ、支払い能力がその金額だった、ということ。
まあ、なんというか、大きな問題、先送りして、注意をそらせて、本質隠しですね。

政治の事に関心を持つことが、情けない気持ちにさせるので、関心持たない。
持たないようにして、卑怯だけど、自分の世界を作っていこうと思うところです。
関心ごとは、現代を表現する枠組み創りと、現代をテーマに表現物を創ることです。
自らが自覚して、現代を表現するとゆうのだから、これは難しいことです。
作家が批評家を兼ねていなければ、それも今を解く視点を持たなければいけない。
そういう視点を持つ事の提案が、すでに現代を表現する枠組みの中にあると思う。
あとの時代になって、あのことがそのときの現代だったのだ、ではなくて、今、です。

今、ということをテーマにするということであれば「東松照明の世界・いま!」展があった。
1980年代の初めから数年間、巡回展を組まれた写真展でしたが、そこに「今」があった。
今を見つめるカギとしての歴史、東松照明さんの軌跡がそのまま「今」に至るみたいな。
今という範囲でいえば「現在」の範囲だけど、ぼくは「現代」という括りを使います。
現在から未来を見据えた期間・年月を「現代」とするわけです。
そのためには過去の事象を捉えなければならないと思うから、歴史研究です。
フォトハウス表現塾を立ち上げていますが、まだ稼働していませんが。

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徒然にっき-35-

2017/12/30 10:32
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2017年の12月30日です。
今年、自分のまわりに、なにがあったのか、を振り返る。
毎年恒例になっている反省と来年への展望、というところです。
成果もあれば、じくちたる思いを抱いたこともたびたびでした。
だれかのせいにするのは簡単ですが、それは空しいからやらない。
自分の、何が、いたらなかったのか、ということが必要な事。
時代に即していない、理解されない、独断と偏見に満ちている。
思うこと多々あるけれど、だからと言ってどうしようもない。

いちおう年の区切りとして、このブログにいますが、どうしようかな。
アルバムが無くなるみたいだし、ブログの人気もどうなのか、です。
ここはビッグローブで、ネットにつなぐところで世話になっている会社。
ここでは、かなり本音的に、まとまった文を書いてきたところです。
どこか、乗り換えるほうが、いいのかも知れない、と思ったり。
長年、やってきたブログだから、記事を書くのを減らす程度かと。
時代に即応するブログではないな、そのように思えます。

フォトハウス表現研究所、これがぼくの今年のキーワードです。
紆余曲折して、フォトハウス表現塾を創ろうとしているところです。
起業としては、お金を排除する方向だから、人気ないな。
お金が動くところに、ご利益求めて人が集まる、ここはそうではない。
独りぼっちの淋しさを癒す場として、人が集まる場をつくろうというもの。
来年は、静かにしていて、なるようになることを見守ろうか、とも思う。
失意の一年だったと思うから、来年72才、まわり年です。





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徒然にっき-34-

2017/12/14 16:12
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11月23日に撮った写真がコンパクトデジカメで撮った最後です。
いつも持ち歩いているけれど、スマホで撮ることで、済ませているなぁ。
スマホでインスタグラムに載せる、そこからアメバ、ツイッター、フェースブック。
最新の発信ツールを使っているといえば、年の割にはかっこいいけど。
でも、フェースブックで、いいね、なんてほとんどこない、でも感謝です。
みて、いいねしてくれるひとがいて、なんだかとってもうれしいきもち。
いいねをねらって、それだけのもん、なんてけなしはしませんよ。

ネット上で、スマホのカメラで撮った画像が、いくつかに拡散できます。
SNSは、インスタグラム⇒ツイッター⇒フェースブック、と連動していきます。
ぼくは、この流れをつかって、自己表現していきます。
でも、反応が少ないということは、条件を満たしていないということじゃないか。
なにもかもが不発に終わる今年の流れで、しょんぼりしていますけど。
京都写真クラブに所属させてもらうことを申し出ました。
帰属意識って大事なことですよね、家族への帰属、組織への帰属。

ぼくなんぞは、どこへもすんなりと、はまり込んでこなかった人でした。
仕事は郵便局でしたけど、不本意なことで、それ以降、転々としています。
組織に入って光影会、それから写真をメインにやってきて、いま、空転してる。
フォトハウス表現塾を立ち上げたところですが、ここで打ち止め終了、かな。
まけてたまるか、この気持ちだけで、やってきたけれど、もういいですよね。
今年は、この徒然にっき、最後になるかも、来春からタイトル変えます。
どんなタイトルにするかは、決めていませんが、日常か日記ですね。



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徒然にっき-33-

2017/11/29 13:20
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フォトハウス表現研究所、フォトハウス表現塾。
表現塾には絵画、写真、映像、音楽、文章、五ジャンルの研究。
それらを統合して、文化としての枠組みを考える。
いくら文章で書いたり話したりしていても仕方がない。
それらをいかにして形にしていくかというのが問われるわけです。
たいしたことなんてできないけれど、その枠で提案だけはできる。
それらをだれかが興味を持ってくれて、共同作業になればいい。

ひとりよがりなんでしょうね、やりかたもまずい、ひとりでやっちゃう。
悪循環です、ひとりでやるしかないと思ってやるから共同にならない。
ぐるぐるまわりの悪循環を繰り返しているんでしょうね。
つぶれていくのは、結局、みずからつぶしていく方へ向けてる。
いつものパターンで、学習してるのに、その過ちをいつも冒してしまう。
否定的なことばかり連ねていても、これも公の文章ですから、注意です。
いくつもの場をつくり、いくつもの場にいてきて、ふたたび場をつくろうと。

もうこの歳になって、自分を置く拠りどころとなるベースが、ありません。
安定的に支える枠組みがない、といえばイメージできるでしょうか。
いつも宙ぶらりん、ふわふわ、雲の上にいるような、そんな感覚。
地に足をつけて、ぼくは京都西陣の場末に生まれて生きるひとりの男。
そうしてその場末に身を滅ぼしていくひとりの男にすぎない。
その男が残すもの、死んでしまえば霧散してしまう、そういうことです。
人間の存在って、そんなものでしょうかね、ぼくは何を残していけるのか。
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徒然にっき-32-

2017/11/18 10:18
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紅葉の画像を貼り付けたけれど、貼り付けた画像は見えないままです。
このブログは、かなり前に作ったブログで、思い出深いブログです。
写真集、アルバムの作っているし、捨てがたいブログです。
なので、けっこう素直な気持ちで、本音的な文章を書いて、残しています。
随筆なんてほどに、文章を洗練させていなくて、書き捨てというところです。
読んでもらうには、パソコンではだめだ、やっぱり書籍にしないと、という。
それは書籍にしたいけど、金もないし、編集ソフトが扱えないしなぁ、です。

書籍にするのも、近年は廉価で、少部数発行で、できるようになりました。
写真集は、何度も手掛けていて、ヨドバシのプリントブースで作る事ができる。
やっぱり文章が中心の本を作りたいと思うけど、そこまで、なかなかいかない。
いきおい、ネットで、ホームページに載せるところ、そこまでしかできない。
ガリ版刷り、活版から、タイプ打ち、ワープロ文字、印刷の体験をしてきました。
そういうことでいうと、いまは、個人で出版が、簡単にできる時代です。
自分を表現するツールが、格段に使いやすくなっていると思うのです。

本音、ぼくもたいした文章を書いているわけではなく、作家なんて言えない。
ただ、文章を書くことに興味を持った18歳から半世紀、50年以上がたちます。
なにを書くのか、そのなかみのこと、何が書かれているのか、そのなかみ。
技術の話ではなくて、内容の話です。
その内容じたいが、自分よがりなばかりで、客観性を伴わない、のかも。
なにを、どのように、いつも思って、行為するところですが、うまく機能しない。
落胆、失意の日々です。

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徒然にっき-31-

2017/11/07 12:17
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京都では70歳を越えた老人は市バスと地下鉄がほぼロハで乗れる。
そういう恩恵を受けて、バスを乗り継ぎ、地下鉄を乗り、して時間を過ごす。
たまたま二条城の前に来たので、降りて入場券売り場のところへ行った。
ロハで入場できると聞いたような気がするので見ると無料入場できる。
何年かぶりで二条城へ入った。
大政奉還から150年にあたるというのでイベントをしているのか。
建物の内部は撮影禁止、ふすま絵などはレプリカ、そういうことだ。

京都にいると、神社仏閣、四季折々の風物があり、写真の被写体になる。
京都に生まれ育ったんだから、京都をテーマに写真をとってやろうと、思った。
生まれ育った地元だから、でも、たまたまそれが京都であった、なんて。
実の処、京都にいるといっても、狭い範囲で生活圏があるわけです。
ぼくは北野天満宮、金閣寺、千本えんま堂、その界隈が生活の場でした。
京都を撮るといっても、記憶に残る幼少のころを追憶していく感じです。
たまたま京都であって、たぶん、観光京都の写真ではない。

京都を撮ったカメラマン、写真家さんはたくさんいらっしゃいます。
京都に住んでいるカメラマンさん、商売用に観光京都写真を作っています。
伝統的に、といっても写真の歴史なんてしれてるなかでの、伝統的作画です。
なあんだ、日本画のなかに描かれる京都の風物が、そのまま写真じゃないか。
そう感じたのが写真をはじめて数年経った頃でした。
絵画と対抗して、絵画を超える京都イメージを作ろうと、していたところです。
女子シリーズは、まさに、絵画を超えようとして生じてきた絵(写真)でした。



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